ちら裏

ちらしの裏に雑に書きなぐるイメージ

私が思うFGOの魅力

新年早々、自宅にてこたつに篭りながらネットサーフィンをしていたらこんな文章を見つけた。

anond.hatelabo.jp

幸いにも、私はこの『FGO』(Fate/Grand Order)というゲームを楽しむことの出来ている型月厨の一人だ。イベントを毎回走り込む程ではないにしろ、ストーリー更新や新規サーヴァントの登場に胸おどらせる程度には楽しむことができている。

しかし、私のまわりには上記の文章の筆者のように、このゲームに魅力を感じることができず離れていった人間も多く存在する。そして、離れていく人間の言い分は大体こうだ。

「このゲームの楽しみ方がわからない。」

 

この記事は、『FGO』にハマることができなかったユーザー、そして、これから『FGO』のプレイを考えている人達に向けて、私が思う『FGO』の魅力をまとめたものだ。この記事を読んで『FGO』に対して前向きな印象を持ってくれれば勿論ありがたいし、逆に「私がFGOを好きになれない理由」を明確化してスッキリしてもらえても嬉しい。と言っても2つしかないんだけどね…

 

 

・とっつきやすく、それでいてスパイスの効いた世界観

TYPE-MOON(以下「型月」と呼称)関連作品は、魅力的ながら非常にとっつきづらい。その理由の多くとして挙げられるのが「膨大な設定」と「設定知識を前提として進行する物語」だ。これはまぁ、同時にこの作品群の魅力でもあるのだが。

 

型月の関連作品において、キャラクターの一人一人のみならず、キャラクターが住んでいる町、土地、世界…物語の中に登場する全ての存在、事象には理由があり、過去があり、未来があり、歴史がある。遠野志貴がメガネをかけている理由も、衛宮士郎が「約束された勝利の剣」を投影できない理由も、両儀式の魔眼が志貴のものとは違い脳に負担がかからない理由も、その過程もちゃんと存在している。

物語の背後にある膨大な量の情報によって、空想上の存在に実在性をもたせ、伝奇というジャンルを神話に近いところまで昇華させているのだ。

そしてこれらの情報はあまりに膨大すぎて作中で全て説明されることは無い。しかもその説明されない情報を前提として物語は進んでいく。

そりゃそうである。『月姫』は吸血鬼対吸血鬼の話。『Fate』は魔術師対魔術師の話。吸血鬼が吸血鬼の事を吸血鬼に話してもしょうが無いし、魔術師が魔術のことを魔術師に語っても現実味が無い。専門家同士が専門用語で話さずしてどうするというのか。

我々のような型月厨にとってはこういった膨大な「明かされぬ」設定というのは魅力どころかご馳走にすらなりうるのだが、一般的なユーザーにとってはそうはいかない。話の中で重要な部分が分からないのはモヤモヤするし、勝手に進行する話にはついていけなくなる。こんなんじゃ作品を楽しむことなんてできやしない。

 

だがFGOは違う。物語の根幹に関わる設定は作中でちゃんと説明されるし、その内容は、作中で紹介される情報の組み合わせで十分理解できるようになっている。

逆に説明されない情報というものは基本的に物語の軸になることが殆ど無い。が、知っているとニヤリとする場面がかなり多く存在している。

わかりやすいように再構築される世界観は確かに従来の型月作品の世界描写とは異なるものになってしまっているが、それでも従来のファンを飽きさせない工夫は欠かさず行われている。

 

 

・様々な性癖を持ったヲタクがFGOの元「一体となる」感覚

先程「とっつきやすさ」を上げたが、個人的にFGOの魅力というのはこっちのほうが多きい要素だと思う。

昨今のヲタク事情として、「経験や話題性の共有」の重要性が話題となっている。

アニメ『おそ松さん』の2期が振るわなかった一因として、リアルイベント不足によって「集団での楽しさ」が生まれなかったことだ、という意見が挙げれられたのがいい例である。同時に、ヲタクというのは面倒くさい生き物で、「ニッチ」というものを愛する傾向にある。

 

FGOはこの点に関して非常に上手く両立しながらやっていると私は考えている。「経験を共有したいユーザー」「ニッチを楽しみたいユーザー」「ゲームとして楽しみたいユーザー」「マウント取りたいヲタク」「課金したいユーザー」など様々な層を 『FGO』の名の元に1つにしている。

 

例えば『マシュ・キリエライト』というキャラクター1人とっても、「見た目が好き」「性格が好き」「『円卓の騎士』と〜な点で関わりがある」「初期無料キャラなのに強い」「昔シールダーというクラスがsnで実装予定だった」「外伝作品に出るアキレウスはシールダーのクラス適性がある」「中の人がショタコン」という様々な話題を展開することが可能なのだ。これが何人もいるのだから言わずもがな。

本来人に言えないことでも「FGO」の上なら伝えることができる。そう、FGOは本来相容れることが無かったジャンルのヲタクたちを1つに集結させ、語り合わせることに成功したのである。

リアルイベントによって著名人が全面的に楽しんでいる様子をユーザーに紹介しているというのも、「体験の共有」の演出という面で大きく役立っている。「憧れのあの人が遊んでいるゲームを自分も同じように楽しんでいる」という経験はファンの人なら誰でも嬉しいものなのであるし、ゲームに熱中するにあたって、ある種免罪符の役割を果たしているのかもしれない。

 

 

 

・ライト向けにチューンナップされた型月作品であること

・1つ1つの情報量が多いため話題の共有が非常にしやすいということ

この2点が私の考えるFGOの魅力である。