ちら裏

ちらしの裏に雑に書きなぐるイメージ

私と音楽 その2

私の側にはいつも音楽があった。NO MUSIC NO LIFE。

音楽はいつでも私の味方だった。NO MUSIC NO LIFE。

その1はコチラ

 

 

 

高校時代は完全に私にとって黒歴史そのものだった。田舎なんちゃって進学校特有のノリに馴染めず、かといって両親のせいで家でも全く落ち着くことができなかった私は完全に不良と化していた。最低出席日数を計算して授業に出ず、ストレス発散の為に部活の練習には出る。そんな日々を送っていた自分の味方でいてくれたのが、音楽だった。

諦観に満ち満ちたルサンチマンな日々を送っていたからか、中学時代に持っていた「マイナー至上主義」は鳴りを潜め、洋楽邦楽なんでも聞くようになっていた。友人たちはビートルズにハマっていたが、私はインディーズバンド発掘に躍起になっていた。知らないバンドを発掘しTwitterで紹介することが一つの楽しみだった。

MAN WITH A MISSION、BABYMETAL、BLUE ENCOUNTcinema staff、aquarifa,

今ではもう一線級のグループ達だ。感慨深い。

 

とにかく金が月3,000円、アルバム一枚分のお小遣いしかなかったので、YouTubeでひたすら聞き、レコードショップでひたすら試聴し、厳選したものだけを購入した。ひたすら聞いた。飽きるまでひたすらに聞いた。ひたすらに。ひたすらに。公園のベンチで、自室の隅で、海岸で、平日のBOOKOFFで。

 

なんやかんや無事高校を卒業した私は大学に合格することもなく、浪人生になった。

ここでもまた音楽の世話になった。音楽を聞きながら勉強を行っていたのもあって、自然と静かな曲を聞くようになった。エレクトロニカやポストロックにハマったのはこの頃だった。秋口に気胸になって手術の為に入院し、受験への焦りと孤独の重みに押しつぶされそうになった時も、音楽を聞いて誤魔化したなぁ。

toe、mono、Spangle call Lilli line、chouchou、WORLD END girlfriend、SAKEROCK、phatmans after school、amazarashi,ハイエイタス…特に邦楽ばかり聞いていたような記憶がある。

 

特に好きだったのがamazarashiだ。この頃のamazarashiは特に陰鬱とした曲調が特徴で、ストレスフルだった自分の心にとってある種向精神薬的な役割を果たしていた。辛いと素直に言えない自分の代弁者だった。今でもよく聞いている。秋田ひろむが紡ぐ詩の世界観と彼の歌声にある「伝える力」は唯一無二だ。

星野源をよく聞くようになったのもこの頃だ。「stranger」、今でも聞いているいいアルバムだ。彼の生き方には、今でも少し憧れる。特に「化物」は受験までよく聞いた。

 

ギリギリで私立の大学に合格。上京してしょっぱなから気胸が再発し、最低なスタートをきったキャンパスライフも、やはり音楽と共にあった。

大学では哲学を専攻していたためなのかは知らんが、アーティストのルーツを辿るようになり(自分にとって)所謂昔の音楽を聞くようになった。

NUMBER GIRLスーパーカーくるり東京事変相対性理論、ディビッドボウイ、オアシスやレディオヘッドweezerニルヴァーナSigur Rosなどなど…

楽器に関しては完全に素人だが、ああここのフレーズが今のバンドと似てるな、影響受けたんだなと発見するのが面白い。

東京に来て良かったことは、好きなアーティストのLIVEに気軽に行けるということと、巨大なCDショップがあることだ。この間渋谷のタワレコに初めて行ったがまるでトイザらスに来た子供のように内心はしゃいだ。今時のCDショップはカフェと本屋があるんだな…

 

まあそんなこんなで今に至る。これからも音楽との付き合いは続いていくだろう。

NO MUSIC NO LIFE。