ちら裏

ちらしの裏に雑に書きなぐるイメージ

私と音楽 その1

私の側にはいつも音楽があった。NO MUSIC NO LIFE。

音楽はいつでも私の味方だった。NO MUSIC NO LIFE。

 

 

私と音楽の出会いは、小学校高学年の頃。オレンジレンジが正しく全盛期の頃であった。

私の通っていた小学校では、「音楽を聞いている奴が『大人』」という謎の風潮があり、学年の所謂「イケてる」男子達はこぞってTUTAYAに駆け込み、CDをレンタルし、オレンジレンジを聞いていた。「ロコローション」とか「上海ハニー」とか「花」とか。ラップの部分をひたすら練習してるやつもいたなぁ。

 

そのころ私は何を聞いていたか、というとアニソンだった。

当時はまだアニメそのものに対する規制が非常にゆるく、結構際どい作品が夕方からゴールデンタイムにかけて放送されていた。

スクライドや、最遊記ゼーガペインや、アムドライバーオコジョさん

あの頃のアニメは小学生だった自分にとって非常に刺激的で(思い出補正アリ)、かっこよくもあったものの、見たいときに作品を何度も観られるような環境はまだなかった為、内容を思い出すきっかけとして親から借りたPCでYoutubeを開き、作品のOPテーマを繰り返し繰り返し聞いていた。

特に好きな曲はスクライドOP「Reckless fire」だった。当時身体も弱く運動音痴、落ちこぼれだった自分にとって、この曲の歌詞とキャラクター達の生き様は心に刺さるものがあった。現状に負けず、とにかくがむしゃらに生きていこうと思えたものだ。

 

 

 

中学生になると、メジャーの潮流はオレンジレンジからロキノンに変わった。

特にBUMP OF CHICKENが「天体観測」を発表した頃であり、そりゃもう爆発的に流行ったものだ。その他9mmや凛として時雨ELLEGARDEN、FACTといった(自分の中での)ロキノン黄金世代を担うバンドが続々と登場していた時代でもあった。

 

その頃私はおもしろフラッシュ倉庫を卒業し、ニコニコ動画を視聴し始めていた。「フタエノキワミアッー」に腹をよじらせ、(その頃まだ許されていた)アップロードされているエロアニメを観ようとして兄貴のパンツレスリングに遭遇したりしていた。あの頃はブラクラどころか釣りすら見極めることができなかった。若かった…

そんなネット文化に浸かることで、「メジャーを叩き、マイナーを愛する糞青二才」に成長してしまった私が出会ったのが、発売して間もない「VOCALOID 初音ミク」だった。本当に衝撃的だった。なにせ「機械が人のように歌っている」のだから。

なんだこれは。皆がこぞって聞いているロックバンドよりも断然マイナーですごいのではないだろうか…

自分のマイナー魂に火が着いたのがわかった。絶対にコレから目を話してはならないと確信した。

「えれくとりっくえんじぇう」、「StargazeR」、そして「メルト」「みっくみくにしてあげる」。

 

そして出会ったのが「HOPE」だった。

なんだこの歌唱方法は…すごい声で叫んどる。スクリーモっていうんか?かっこいいしよく聞くと綺麗だなぁ。

これがきっかけで洋楽を、特にハードコアやエモを聞くようになったのだった。

Linkin Park、Alesana、Saosin、Attack!Attack!…いろんなバンドの曲を聞いた。

隠れてスクリームの練習をしたりもした。

 

初めてCDをレンタルではなく買ったのもこの頃だった。

東方Projectにドハマリしていた私は、「Foregland Eclipse」のCDが欲しくなり、親に無理言って例大祭に参加。初めてのCD購入は同人イベントで行われたのだった。購入したCDは既に絶版でプレミアの価格が付いているそうだが、いつでも聞けるよう、今でも棚に入れたままだ。

 

 

 

つづきはその2を参照してください。