ちら裏

ちらしの裏に雑に書きなぐるイメージ

最近のゲーミング

Detroit Become Human

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私が個人的に考えられる、現在販売されている「ストーリーテリングメイン」のADVの中ではNo.1の作品だと思う。本当に素晴らしい。感想に関しては以下の記事に綴ったのでぜひ読んでほしい。

今はとりあえず2周目を検討中、といったところだ。「検討中」というのは、初見プレイ時点でわりと納得する良い結末にたどり着いてしまったというのと、キャラに思い入れがありすぎてあえて悲惨な方向に進むということに抵抗があるからである。でも見たい…見たい…

まぁなんだかんだ『Undertale』における『GENOCIDE(虐殺)ルート』もクリアしたり、DODも全ED回収したりする人なので、ちゃんとやると思う。がんばる。

 

 

 

ブラッドステインド:カース・オブ・ザ・ムーン(switch版)

 

『ブラッドステインド:カース・オブ・ザ・ムーン』は『悪魔城ドラキュラ』シリーズを手がけたことで知られる五十嵐孝司氏を中心に開発された8bit風横スクロールアクションゲーム。年内に発売予定である『ブラッドステインド:リチュアル・オブ・ザ・ナイト』のスピンオフ作品という位置づけらしい。

 

本作は道中で仲間にできるキャラを含めた4人の主人公を使い分けることでステージをクリアしていくゲームだ。

悪魔城ドラキュラ』シリーズや『魔界村』といった往年の名作に対するリスペクトが存分に含まれているそうだが、なにぶん私は世代の関係上、そこに触れることができない。しかし非常に面白いということは分かる。

 

キャラごとに絶妙に異なるよう設定されたジャンプ距離、攻撃範囲、攻撃速度。

あの敵にはあのキャラを、あのギミックにはこのキャラで、といった試行錯誤が楽しいのは勿論、ステージごとの難易度設定もまた絶妙というのが素晴らしい。

基本的に「あっ」とか「ちょおま」とか思わず声を挙げてしまうレベルの初見殺しがステージ内のいたるところに散りばめられているのだが、一歩立ち止まって観察して考えればちゃんと誰でも乗り越えられるようになっている。どのステージギミックもプレイヤーに高いプレイスキルを要求するものはない。

 

その最たるものがボス戦だ。

美しいドット柄で描かれたボス達は、8bit風という作風に似合わず縦横無尽にグイグイ動く。

 どのボスも初見で倒せるような奴らではないが、ちゃんと動きを観察して対応できれば必ず突破口を開くことができる。

失敗によって生まれるちょっとした痛みと、クリアした時に感じる達成感。この塩梅のバランスが特にボス戦において気持ちいい。

昨今のアクションゲームにおいて当たり前となった、スキルの組み合わせによるビルドやレベル上げといった概念が本作にはなく、純粋に自分の腕のみで攻略するというシステム故に、ボスを倒した瞬間の嬉しさはひとしおだ。しかし「難しい」というほどの難易度でもない。再度言うが、難易度設定が絶妙である。

 

現時点で私はまだゲームクリアまで至っていない。どうやらマルチエンディングらしいので、最終的に私がどんな最期に至るのか楽しみである。

本作は様々なプラットフォームに対応しているが、もし私のようにswitch版を買う方がいたらプロコンでプレイすることをおすすめする。ジョイコンでプレイするのは個人的にやりにくい。(特にジャンプ)

 

 

フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと(PS4版)

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本作は元々PS storeにてDL販売されており、数々の著名な賞を受賞したとして個人的に気になっていた作品ではあったが、何らかの理由で昨年の11月から最近まで配信停止になっていた。配信再開とほぼ同時にセールが始まったのでいざ購入。大変満足行くゲームだった。

 

『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』(以下フィンチ家)はいわゆる「ウォーキングシミュレーター」というタイプのアドベンチャーゲーム

"生まれると先ず墓を立てる"というほど短命な一族であるフィンチ家12人の奇妙な死に様を、その末裔である主人公Edithを通して追体験するという内容となっている。

 

物語の中身に関してはありふれたもので、さして新しさといったものや驚き、感動といったものは感じなかった。「世にも奇妙な物語」をイメージしてもらえればありがたい。ただ語り口はバラエティ豊かで本当に面白い。ある人物はアメコミでその死に様が語られ、またある人物はセリフ無しのパラパラ漫画で、またある人物はRPG形式で語られる。

 

ウォーキングシミュレーターというゲームシステムは、「探索」、つまりプレイヤーが自身を操作できるということと「物語のテンポ」、そのバランスが非常に重要になってくる。

"美しい映像によって語られる物語をただ見る"のではなく、"自らの歩みによって物語を紐解いていく"。世界を歩くことで受け身ではなく能動的に物語を読み込む。それがウォーキングシミュレーターの肝である。"小説のページを捲るという動作"を"キャラクターを操作すること"に置き換えていると考えてもらいたい。プレイヤーに自由度を与えすぎれば、同じページのまま物語が進まず飽きてしまう危険性があるが、その逆を行くと今度はただの映画やドラマになってしまう。

 

『フィンチ家』においてはこの探索と物語のバランスが素晴らしい。

先程述べた通り、ウォーキングシミュレーターは探索に自由度を与えすぎると物語が一向に進まず、ゲームが破綻する恐れがある。そこでプレイヤーの行動を制限するためにゲーム的要素(矢印やマーカー、立て看板など)を空間に出現させる必要があるのだが、出しすぎると逆に没入感が失われゲームが破綻してしまう。ではどうすればいいのか。

『フィンチ家』はプレイヤーが進むべき方向を示す矢印を「物語のテキスト」にすることで、この課題を見事にクリアしている。空間中に現れるテキストを目で追えば、物語を把握しながら自然と向かうべき方向に進めるようシステムができているのだ。

おかげさまで没入感を一切損ねることなく最期までプレイできた。

 

クリアまでは3時間程度。値段は現在PS4版で約2000円くらいだったかな。

長編映画一本のチケット代だと思えば丁度いい価格だ。

短編の伝奇物語が好きで「ウォーキングシミュレーター」という形式に抵抗が無い方に是非おすすめしたいゲームである。

 

 

PLEY

 『PLEY』は、地球外生命体「ティフォン」に乗っ取られた宇宙コロニーからどうにかして脱出するために主人公が奮闘するFPSゲームである。まぁよくある設定だし、バイオハザードとかDead Spaceみたいなもんだろうと想像していました。

 

 

全く違った。

 

 

先ず何が違うって、敵の殺意が高すぎる。プレイヤーは基本的に真っ向から敵に向かっていっても勝てない。瞬殺されてしまう。そこで隠れまわったり動き回ったりする必要があるのだが、だいたい行く先々に敵がいるのだから困ったものだ。

敵に襲われトイレに駆け込んだら「入ってます」と声がしてGAME OVER、そんなこと日常茶飯事である。

だが敵の弱点を把握できれば話は別だ。有利に立ち回れるどころか、一方的にボコボコにできたりする。これがまた面白い。

プレイヤーはゲーム内で常に戦略を組み立てることを強いられる。敵を視認し、弱点を把握、インベントリを確認し武器を準備、立ち向かうか遠回りをするか判断する。

立ち向かうにしても囮を使うか、背後から叩くか、そのへんのオブジェクトをぶん投げるかなど多種多様な攻め筋が存在する。撤退するにしても、無い足場を作るのか、コソコソ進むのか、姿を消すのかといったこれまた多様な選択肢がある。

また、本作にはスキルポイントを割り振り特殊能力を得るシステムが採用されており、さらに戦略を拡張することが可能だ。そして探索を通じて敵の情報を得ることができれば、通常のものとは別に敵ごとの固有能力も使えるようになる。肉体が人間から離れていくことと引き換えに。

 

物語に関しては徹底的に人間が持つ「先入観」という部分を叩いてくる。今自分が見ているものは現実か、幻か。そもそも現実とはいったいなんなのか。人間の感覚が如何にもろく、曖昧で不安定なものなのか。互いの心の内がわからない中で、「共感すること、分かり合うこと」とはいったい何を意味するのか。人間と怪物、どちらがどちらをPrey(捕食)しているのか。

 

個人的には今のところ楽しめているが、楽しい分難点も目立つ。というのも、難点が楽しい部分に直結しているからだ。

最初に上げたいのがロードの長さ。本当に長い。戦闘メインの死にゲーなのに。本作を手がけたスタジオの前作「Dishonored 2」もそうだった。勘弁してほしい。

次に上げたいのがゲームデザイン。本作は1990年台に流行った「おつかいタイプ」の探索型FPS。探索そのものは楽しいのだが、エリア毎のロードが長いのと、先述した敵の殺意の高さによって全然気持ちよく動けない。勘弁してほしい。

 

BIOSHOCKDeus Exあたりが好きな人は楽しめ…楽しめるかどうかはわからない。とりあえずストレス耐性が高い人にはおすすめしたい。痛いところに目をつぶれば面白い。目をつぶるのは難しいけどね。

 

 

 

ダークソウルリマスター

 いやー面白い。流石リスペクト作品を多数排出した親元ではある。

ただ、『時オカ』や『MG3』等のように「いつプレイしても色褪せない名作」かと言われればそうでもない。全体的にシステムは不親切だし、アクションはもっさりすぎる。プレイしていく中で、ダクソ1の改善点をすべてクリアしたとされる『ダクソ3』や、これを核に発展させた『ブラッドボーン』が如何に素晴らしかったかを自ら証明しているように思えた。

 

 

その他

もう来週にはE3ですが、ゲーマーの皆さんは何を期待していますか。

私は断然『KH3』。あとは『対馬』『デススタ』だったりかな。あとはスマブラ新作…

本当に最近は豊作すぎて困っちゃうね。

 

今後は『Life is starange Before the Storm』を買う予定。がっつりレビューするかは内容に拠る。

 

後はダンジョンメーカー気になる。どうして皆揃ってそんなハマれるのかチェック予定。

Florenceも買ってないし、スマホゲーやらなきゃな。

ダンジョンメーカー

ダンジョンメーカー

  • GameCoaster
  • ゲーム
  • ¥360

 

Florence

Florence

  • Annapurna Interactive
  • ゲーム
  • ¥360

 

中野でやってるビアパークに行ってきた

先週の土曜日、中野セントラルパークにて行われているイベント「NAKANO CENTRAL BEER PARK」に行ってきた。私とは違って立派に社会人をやっている友人2人とだ。


ギラギラとした日差しが照りつけている午前中に行った。

会場に着いてみると、先ず意外とこじんまりとしていたことに驚いた。公園が予想より狭かったというのもあるが、ビールを販売している屋台が全然でていなかった。都内で年中やっているオクトーバーフェスくらいは期待していたがそうでもなかった。よって飲めるビールの種類も少ない。私が行った時に見たのは、普通のラガービールフローズンビールを出す店、ハワイの地ビールを出す店、ラガーに混じって変わり種のクラフトビールを出す店だったか。バザーみたいなこともやっていて、規模感としては町内会主催のイベント、という感じだ。

 

公園の真ん中にある芝生には小さなテントが筍のように群れていて、家族連れが戯れていた。ビルに囲まれた芝生の中ににょきにょきと生えたテントの群れはシュールで面白かった。

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しかしどうして昼間から飲むアルコールはこんなにも美味しいんだろう。

「本来は一日の終わりに嗜むべき贅沢」という認識からくる背徳感からだろうか。

それとも何かを飲み食いするという時は体に疲れが溜まっていないときのほうが良いからなのだろうか。

当日飲んだビールは何故かいつもよりはっきりとした味がした。酔いが回るのも早かった。

ビールは一杯あたり600円程度。おつまみは安いものでワンコイン。高いものだと1000円以上だったかな。友人が買ってきてくれたオニオンフライ、美味しかった。

 

もう気づけば24才だ。人生の岐路に立つ、そんな年齢だ。

挑戦すること、身を固めること。結婚、出産、育児、キャリア。いつからこんな話題が会話の中に交じるようになってしまったのか。ついこの間まで、好きなTV番組の話ばっかりしていたような気がしたんだけれど。よく部活帰りに買っていたリプトンの紙パックと惣菜パンは、安いチューハイと弁当に変わっていた。

そもそも、人と話をするのに酒はいらなかったな。

 

いつまでこうやって古い友人たちと和やかに談笑できるのかは分からない。数年も経てばバラバラになってしまっているのかもしれない。 でもその日は本当に楽しかったよ。

ありがとう。

 

Detroit: Become Human レビュー

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「人生とは、度重なる選択とそれに伴う結果の集合だ」。誰かが言った言葉だ。

私達は常日頃から様々な選択に迫られ、その結果を受け入れることで、日々の生活を送っている。先ず朝起きるか決める。スマホのアラームを切る。TVのスイッチを入れて、お茶を飲むことを決定し、お湯を沸かすと判断する。既に5回の選択の中で決断を降した。

私達に迫られるのは、こういった「小さい」選択だけではなく、人生の節目節目に訪れる「大きな」ものもある。進学、就職、結婚、育児…

 

「人生とは、度重なる決断とそれに伴う結果の集合だ」。誰かが言った言葉だ。

この『Detroit: Become Human』というゲームは、「ストーリーテリング」という枠組みを越え、「人生を語ること」に成功した、至上稀に見ない素晴らしいアドベンチャーゲームだと言えるだろう。

 

 

 素晴らしい映像美が演出する、重厚ではあるが遠い先の事とも思えない世界観

 先ず本作の素晴らしい点として挙げたいのは、ハードSFさながらに練られた世界観と、それに「現実味」をもたせるための柱となっている、リアルさにこだわった映像美だ。

物語の舞台は現在から20年後のアメリカ、ミシガン州にある工業都市デトロイト」。

私達の認識からするとデトロイトは「寂れた都市」というイメージが沸くが、本作においてそれはもう既に過去の話。サイバーライフ社が発明した画期的な人型ガジェット「アンドロイド」を中心に技術革命が起こり、2度目の栄華を誇っていた。

 

しかし光あるところに影あり。何もアンドロイドの出現によって、全面的に人々の生活が良くなったわけではない。単純な力作業から大学教授といった知的産業、ミュージシャン、スポーツ選手等あらゆる状況、あらゆる場所の労働をアンドロイドが肩代わりすることになったおかげで、デトロイトにおける失業率は全体の3割を越え、職業による格差が凄まじいものになっている。そのおかげで一部地域においてアンドロイドはヘイトを集める対象となっており、町中ではアンドロイド廃止を訴えるデモが見られる他、バーや宿泊施設 には「アンドロイドお断り」「人間が作っています」といったパネルが掲げられている。また、アンドロイドの燃料を主材料とした薬物が流行しているのも社会腐敗の加速に役立っていたりする。

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基本的に作中におけるアンドロイドに対する扱いは、どれだけ人間に近い挙動をしていてもモノ同然だ。替えの効く人形でしか無い。例えば、バス内では人間が普通の座席に座るのに対し、アンドロイドは後方にすし詰めにされる形で輸送される。町中には「アンドロイド置き場」が存在し、人々は彼らのことを「プラスチックの人形」と呼ぶ。心無い人々は彼らのことを遊び半分でバラバラにしたり、そのへんに廃棄することを平気で行う。

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アンドロイド周り以外の設定も綿密で、2038年という近未来が舞台であるという都合上、全体的に非現実的ではあるが、夢物語でも無い。

デトロイトの町並みは現代的な部分と未来的な部分が混在しており、全ては地続きで、進化は急激な変化によって訪れるものではないことを示唆している。町中は自動運転車両が行き交い、ドローンが中を舞い、ホログラムを利用したディスプレイが掲げられているが、レンガ造りや木造の建物、街灯などがそのまま同居している。

世界情勢に関しては、地球に眠る燃料の枯渇からくる奪い合いによって緊迫しており、第3時世界大戦が発生する危険がある。地球環境はもう目も当てられないくらいに悪化しているが、食糧問題はアメリカの技術力によって解決しそうである。人間の寿命はナノマシンによって大幅に伸びたが、社会保障制度はそれに追いていない。うつ病などの現代病も蔓延している。

全体的に実感はわかないがイメージがなんとなくつかめるような、近未来SFとしては上手い設定の仕方だと思う。先程も述べたが進化は急激な変化によって訪れるものではない。例えばたった数年で広まる実感すら沸かなかったスマートフォンが普及し、IoTが一般化したが、「この瞬間に変わったね」と言える人間はいない。進化はいつの間にか起こっているものではあるが、それに気づくものでもないのだ。本作の世界観は、そのことをしっかりと捉え、表現している素晴らしいものだ。

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そしてその世界観を支える屋台骨となっているのが、本当に美しく「現実味のある」映像美である。このクオリティの高さは、昨今の素晴らしいタイトルと比較しても引けをとらない。いや、それ以上かもしれない。

キャラクターに関しては、実在のアクターによるモーションキャプチャで現実の挙動をそのままゲームに反映させ、建造物に関しては実際の建築と同様の方法によって建てられている。草木や土といったより背景に近い部分に関しては多少の粗が見られるものの、雪や雨といった天候や水の表現、モニュメントの質感が本当に良い。良すぎる。

特にキャラクターに関してはモデリングで並ぶ作品は現状いない気がする出来だ。

この映像美のおかげでプレイヤーは本作の世界観に説得力を持ち、戸惑うことなく没入することができる。本当に素晴らしい。

 

 

Quantic Dreamらしさをより進化させたゲームシステム

根本的なゲームシステム、そしてストーリーテリングの手法に関しては、これまQuantic Dreamが手がけてきたタイトルから大幅に変化したものではない。むしろこれまでの手法をほぼ流用している。会話内における選択、オブジェクトを見つけてコマンドを入力するといった行動の選択、そしてQTEに対応することで物語が分岐、進行していくのが基本だ。

しかし、単なる「ストーリーと映像だけ変えただけの作品」というわけでもない。R2ボタンを押すことでできる「スキャン」によって、発見すべきオブジェクトの位置がひと目でわかったり、QTEのボタンが大きめでわかりやすかったりするなど、プレイヤーが快適にプレイできるよう配慮がなされている他、空間に突如表示される矢印などのゲーム的なアイコンがフラットデザインなのも、周囲の景色がリアルなのでわかりやすい。アンドロイドにしか見えないインターフェースだと解釈すれば違和感も無い。

 

先程述べた通り、このゲームはプレイヤーの選択によって物語が進行していくのだが、会話中の選択をはじめとして、制限時間が設けられている箇所が非常に多い。

そういった時に行われる選択や行動はストーリーに密接に関わるものであることが殆どなので慎重に…といきたいところだが、オートセーブの機能も相まってそうもいかないのがこのゲームの面白いところである。

加えて、この選択によるストーリーの分岐が非常に多い。序盤こそプレイヤーが選べる選択肢はそこまで多くないものの、3人の物語が交わり始める中盤以降の分岐は多岐にわたる。

 本作には開発スタジオの過去作である「ヘビーレイン」同様、GAME OVERの概念が無い。選択肢によっては主人公が死亡し、舞台から退場することもあるが、それでも全体的な物語は続いていく。主人公が死亡してからでないと見られない分岐も存在しており、分岐のすべてを回収するには膨大な時間がかかるだろう。「フリーシナリオ」は伊達ではない。

チャプターごとに遊んだり、チャプター内の途中から再び遊ぶこともできるが、初回とは異なる分岐に突入したい場合は最初から遊ばなくてはならないのが少々残念だ。

国産ADVによくある複数セーブデータを用いたプレイ時間短縮戦法ができないのである。これは、ストーリーの分岐が2つ、3つ前のチャプター内での選択結果に影響されることもあることが原因だろう。以前破壊したアンドロイドや助けた人間が忘れた頃に登場して物語に関わってくる、ということが普通にあるのだ。

 

荒削りだがグイグイ引き込まれる物語

本作の物語は全体的に荒削りで、雑な部分が目立つ。回収されない謎や伏線、舞台装置でしかないキャラクターも登場する。いわゆる「お約束」も多い。だがそれ以上に物語のテンポが非常に良く、グイグイ引き込まれる展開が怒濤の勢いで続くため、おざなりな部分はまったく気にならない。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』といった名作SFや『テイク・シェルター』や名作映画のオマージュがふんだんに取り入れられており、分かる人にはくすっと来るだろう。

中身についてはネタバレを回避するためあえて語らないが、機械による「愛」と「死への恐怖」を主題に『ヘビーレイン』で見せた物語の広がりと『BEYOND』で見せた人間ドラマが融合したような、そんな内容となっている。

最初は3人の主人公が無機質な機械ということもあり、どこか人間とズレた感覚に違和感と不思議さを感じることがあるだろうが、主人公達が選択を経て成長していく姿を見守っていくにつれて、プレイヤーは感情移入どころかキャラクターそのものになっていることだろう。限られた時間の中で行われる数々の決断が、プレイヤーを第三者から、人生の主役として舞台の上に引きずり落とすのだ。

物語を終えた時、きっとあなたは、成し遂げた充実感と、選択に対する後悔と、まだ見ぬ未来への好奇心で満たされていることだろう。これが人生そのものでなくてなんだというのか。

 

 

事あるごとに言っているが、個人的に、アドベンチャーゲームの魅力というのは「選択すること」にあると考えている。作者の引いたレールに対し如何に干渉するか。主人公として、自らの物語を自身の手で紡いでいくという感覚。人生は選択と結果の連続である。大抵のアドベンチャーゲームにおける選択肢は複数あるEDの1つを選ぶための標識に過ぎないが、このゲームにおいては違う。先の見えない未来に向かって、プレイヤーが一歩踏み出すための僅かな足場なのだ。

前に踏み出すこと。すなわち選択をするということ。そこに徹底的に拘りぬいた『Detroit: Become Human』というゲームは、ストーリーテリングという枠を越え、人生を語ることに成功した、アドベンチャーゲームにおける一つの到達点と言えるだろう。

 

 

最近のゲーミングというより雑記

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ココ最近の私は第一志望の企業にお祈りを食らったおかげで、何も手に付かないまま、ただただ書く気力のない卒論の内容を考えながらNetflixの未視聴作品を消化するという日々を送っていた。作品を消化するとは言っても、じっくりと1つ1つの作品と向き合うというわけではなく、それこそストリーミングサービスのような、ただひたすらにディスプレイに映像を流し続け、その前に長時間鎮座しているということをしていたのだ。ふと気がつけば、座布団代わりにしていたクッションには自分の尻の跡がクッキリとのこっていた。

 

そんな空虚な日々の中でも続けていたのがDTCGである『ハースストーン』だ。ハースストーンをプレイしている間はつまらない就活のことを忘れられた。ただ目の前で起こっている1つの勝負に集中すればそれで良かった。自分の将来のことより、ゲームの勝ち筋の方が私にははっきりと見えるのだった。

 

私がハースストーンを始めたのは昨年の年末。確か、エキスパンション「コボルトと秘宝の迷宮」が発売される直前だったと思う。

 

元々私は昔からTCGが大好きな人間だった。物心ついた頃、隣に住んでいた幼馴染から教えてもらった『MtG』から始まり、『遊戯王』を覚え、『デジモンカード』にハマって、『デュエルマスターズ』をやり、 『ポケモンカード』やガッシュベルのカードを遊び、『牙』などの販促アニメとセットになったTCGもちょくちょくやっていた。

なけなしの小遣いを財布にしまい、自転車を20分以上漕いで最寄りのWonderGOOに向かう。単品で売られている綺羅びやかなカードを横目で観ながら、3パックだけ買っては家まで待ちきれず店から出たその場で剥いて結果に一喜一憂していた。

カタログを見て手元に無いカードを想像しながら理想的なデッキを頭の中で組み、現実にそれを擦り合わせながらデッキを構築していくという作業は至福の時間だった。もちろんそれを友達との対戦で試すことも。

何より、当時はよく「冴えないNard」と見られていた自分でも、カードを使って勝負をしている時はお互いに対等であり、幼さ故の無邪気な偏見に晒されることがなかったことが大きかった。「強さ」と「面白さ」こそ全て。そんなシンプルな世界が心地よかった。

 

私のTCG歴は波こそあれど、小、中、高、大学まで続いた。カードゲームでいちばん重要なのは「一緒に遊んでくれる対戦相手」なので、そこに困らなかったのは幸いだった。

昨年の11月、いつも自分とTCGをプレイしてくれる友達とひとしきり遊戯王をしたあと、酒を飲みながらこんな話をした。「俺達はいったい何歳までカードゲームを続けられるんだろう」

どんなにハマろうが趣味にはいつか終わりが来る。飽きという場合もあれば、肉体的な死という場合もある。

「俺たちは一体何歳までこうしてお互いにデッキを持ち寄り遊べるんだろう」「何歳までカードショップに通うんだろう」

年食ったおっさんになっても若い子に混じってカードショップに通うのは個人的に正直恥ずかしいし、そもそも遊び相手がいなくなればこの山札は単なる紙束になってしまう。そろそろ「卒業する」頃合いなのかなと、互いのTCGに関する思い出を交えながら語り合った。

 

だが私は卒業したくなかった。TCGの虜になってしまった以上、今更止めるわけにはいかなかった。

 

カードゲームは続けたいが、物理的なカードを買い続けるのには限界がある。

何より、対戦相手が次第にいなくなってしまうという冷たい現実がそこにあった。

 

そんな私の意識がDTCGに向くのは必然だった。

『シャドウバース』をはじめとした沢山のDTCGを試したものの、先ず国産の作品は合わなかった。

色々言いたいことはあるが、国産のものはゲーム内で確認できる情報量が少なく、1試合にかける時間が短すぎる。カードゲームというものは、時間いっぱいをかけて練り上げられた思考のせめぎ合いだ。だからこそ一回一回の試合を大切にすることができる。そのくせ高レアの演出に凝ってるものが多いのがなんだかやるせない。

そして1試合にかける時間の短さは、大味なカードデザインを意味する。1枚1枚の能力が高すぎて、所謂「メンコ」状態となってしまうばかりか、「勝てる」デッキ構築の中身が縛られてしまうのだ。そのため、どのランクのプレイヤーを見渡しても同じようなデッキを使用している。いわゆる「地雷デッキ」というものにも滅多に当たらない。勝てるデッキ構築に幅のないカードゲームこそつまらないものはない。

(逆を言ってしまえば国産のものは非常にカジュアルにTCGに触れることができる、ということでもある。)

 

次に海外のものを試してみたが、こちらはこちらで国内ユーザーがいなさすぎて、ゲームそのものが成熟していないものが多かった。これはこれでしょうがない。

 

最終的に自分の好みに合うDTCGの候補に残ったのは、人気ファンタジー小説『ウィッチャー』シリーズの世界観から生まれた『グウェント』、そしてMtGを元に制作され、国内からリスペクト元とされた『ハースストーン』だった。

両者共々、「自分のターンに自分のしたいことを決める」ことを重要視するのではなく「今の相手の動きから、次の相手の動きを予想する」ことに重きを置いた思考性の高いゲームデザインが非常に気に入った。

 

 

グウェントの方は元ネタである『ウィッチャー3』の中で散々プレイしたのでその面白さに関してはよくわかっていたのだが、いかんせん国内でそこまで盛り上がってはいない。

対してハースストーンの方は、さすが世界アクティブユーザー数が数億あるだけあって国内でも(大々的では無いにしろ)コミュニティ基盤がしっかりしており、ゲーム自体が成熟している。加えて、「炉端の集い」というオフイベントが頻繁に開催されているばかりか、毎週末、世界規模の大会が開催・中継されているのも楽しい。シーズン中に野球場へ入り浸る人達の気持ちが分かる。

 

そういうわけで私は『ハースストーン』を今後のTCG趣味の中心に据えることに決めた。

ハースストーンのゲームメインは、対戦勝利数で自分のランクを上げていく「ランクマッチ」なのだが、最初は予想以上に勝てなかったので、初めてDTCGに課金をした。デジタルとはいえ、やはり金を出してパックを剥き、そこからデッキをひねり出すという行程は良いものだ。ワクワクを思い出す。

本場は海外ということもあって 、英語で長々と書かれた分析記事を習慣的に読むようにもなった。

そして次第にコツを掴んで連勝できるようになり、数ヶ月経った現在、やっと25〜Legendまであるランクのうち「5」まで昇格することができた。ここまで到達できるプレイヤーは全体のおよそ2%らしい。自分でもよく頑張ったと思う。自分で目標を定め、それを越えていく快感は、昔自分が取り組んでいた陸上競技から得られるモノに似たものがあった。e-sportsってこういうことなのかもしれない。

 

次は最高位であるLegendランクに到達したい。できるかはわからないけど。

 

 

レディ・プレイヤー1観た

今日は就活用の履歴書を書くくらいしか予定がなく、GOWをクリアした満足感からか新しい作品に手を出す気力が湧かなかったので、気晴らしに友達に勧められた『レディ・プレイヤー1』を観に行った。

 

エンタメ極振り作品としては最高だったと思う。Spartan2やドゥームガイ、オーバーウォッチのトレーサーといったゲーマーならおなじみのキャラクターだけではなく、映画AKIRAにて金田が乗ったバイク、メカゴジラなど日本のサブカルチャー文化において重要なアイコン達がハリウッドにおける最高のCG技術でグリグリ動いている姿は正直感動した。ガンダムの動きに対しては感謝すら覚えた程だ。

 

だが、それだけだった。それだけだったのだ。

既存作品の焼きましというか、金の掛かった2次創作を観ている気分だった。「見たことのないもの」を見つけられなかった。

 

 

オンラインゲームを支配しようとする1企業を潰したところで別にゲーム以外することのない世界が救われるわけでもなく、主人公は埋蔵金を掘り当てる明確な動機があるわけでもなし。成り行きで仲間が増えてヒロインと結ばれ、最後はキチッと「現実に帰れ」という説教で終わる。

 

私は映画を観るために劇場へと足を運ぶにあたって「まだ見ぬもの」を期待している人間だ。技術であれ、メッセージ性であれ、それが見つけられなかったのは非常に残念だ。

 

最近のゲーミング

God of War

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早くも今年最高のゲームに出会ってしまった。これまで延々とシリーズ内で続いてきた「復讐」から他者を肯定する「家族愛」、そして「運命からの脱却」というテーマの変更。美しい北欧神話の世界を実現したグラフィック。そしてソウルシリーズに似た戦闘システムやアンチャーテッドを彷彿とさせるダンジョン探索。全てが素晴らしい。

もう既に世界の隅々を旅し、裏ボスを降したことでサブクエストは全て終了。後はまだ開けてない宝箱探す程度しかやることがないという状況が非常に惜しい。

本作を作った制作会社が以前行われたインタビューにて「DLCの予定はない。全部出しきった。」と答えていた。この自信こそゲーム制作のあるべき姿だと思う。

このゲームについては長々と感想を語ったので時間があれば是非以下の記事を読んで欲しい。

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裏ボス「ヴァルキュリアの女王 シグルーン」。敵の技を覚え、パターンを研究し、戦術を考え、最期まで油断なく実行することでようやく勝てる良ボスだった。戦ってて非常に楽しかったボスは久方ぶりだ。

 

 

 

Far Cry5

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シリーズ初挑戦だったが非常に面白かった。「お前がゲームをプレイしなきゃ誰も死なずに済んだんだよ」というメタ的演出を多用した、「人を殺すゲーム」に対しての皮肉が存分に仕込まれた物語もさることながら、森や畑が広がる長閑な田舎で頭の狂った奴らとドンパチやるというロケーションがたまらなかった。日本が銃社会じゃないからなのか、どこかシュールで、だけどリアルだった。

クリア後にメニューを開くと、背景が終末感漂う荒廃した世界に変わっていた。ゲーム内では相も変わらずモンタナはそこにあるのに。じゃあ俺は一体何を観ているんだろう。カーステレオからは只々「早く避難しろ」という音声が流れている。

 

 

 

戦場のヴァルキュリア4

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懐かしい。あの『ヴァルキュリア』が再びプレイできるとは思わなんだ。

相変わらず偵察兵ゲーのゲームバランスだったり、戦争モノなのに物語はチープだったりするのだが、何故かプレイしてしまうんだよな。焼きそばみたいな定期的に摂取したい味がする。

 

 

ハースストーン

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新カードパックが発売されたのに合わせてプレイ再開。環境再編に際したこの混沌とした状況こそカードゲーム随一の楽しみだと私は思う。ドルイドが環境トップクラスに入り込むとは誰が予想しただろう。ただ幾分貧乏なもので、ゴリゴリ課金できず上手くデッキが作れないのが残念。またランク5が限界かなぁ。

 

 

モンスターハンター:ワールド

 懐かしき地獄の発掘武器を思い起こさせる、マムタロト調査クエストをひたすらにプレイ中。

欲しかった武器はあらかた手に入ったものの、目当てのスラッシュアックスだけが手に入らない。物欲センサー、また会ったな。

マムタロト自体は非常に良モンスターだ。ラオシャンロンのような集団で行う巨大モンスター討伐クエストのワチャワチャ感と、避けやすいながらも一撃一撃が重いことから来る緊張感が綺麗に同居している。戦っていて非常に楽しい。討伐出来ないのが惜しいが、サンプル採取というお題目は実に調査団らしくて良い。

 

 

Detroit: Become Human 体験版

f:id:morokyu:20180430230500p:plain個人的に、アドベンチャーゲームの魅力というのは「選択すること」にあると考えている。作者の引いたレールに対し如何に干渉するか。主人公として、自らの物語を自身の手で紡いでいくという感覚。人生は選択と結果の連続である。大抵のアドベンチャーゲームにおける選択肢は複数あるEDの1つを選ぶための標識に過ぎないが、このゲームにおいてはおそらく違うのだろう。私は一体の「アンドロイド」としてどういった物語を綴ることができるのか、本当に楽しみだ。

 

 

『ゴッド・オブ・ウォー』PS4版 レビュー(ネタバレあり)

 

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これまで『God of War』というタイトルはシリーズを通して神々が如何に残忍で、狡猾であるのか、そして復讐そのもののカタルシスと空虚さを描いてきた。それはゲーム性にも如実に現れており、敵をひたすらに気持ちよく屠っても、残るのは肉塊と神がいなくなって滅びた世界だけ。ひたすらに失い、何も得るものはなかった。

 

初作が発売されてから13年、『God of War』は無印として我々のもとに帰ってきた。

ナンバリングを外したことが意味するところは、これまでの流れの否定、決別。

復讐の連鎖を断ち切ること。そして新たな種を芽吹かせること。

他者を否定し、ひたすらに血にまみれた神話はもうそこにはない。

God of War』は他者をリスペクトし、吸収することで、新たな叙事詩へと生まれ変わることに成功した。

 

 

 家庭という小さな世界と神話という壮大な世界の物語

先ず語らねばならないのは、歴代シリーズとは主題を異にする「親子の成長」という小さなテーマと、「運命からの脱却」という壮大なテーマが綺麗に噛み合った本作の物語についてだろう。

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最期まで神々の手のひらの上で踊らされながら、ギリシャ・オリンポスの地で破壊と虐殺の限りを尽くした本シリーズの主人公「戦神クレイトス」はその活動の後、北欧の地に移り、妻と息子3人で新たな家庭を築きながらひっそりと暮らしていた。

だが、その安寧の日々が長く続くことは無かった。

愛する妻の死、そして「オーディン」の遣いを名乗る謎の男の襲来。

「遺灰をこの世で一番高いところで撒いて欲しい」という妻の遺言を叶えるため、そして愛する息子「アトレウス」を護り、一人前の男に育てるためにクレイトスは再び動き出す事となる。

 

本作の見所は、先述した通り「親子の成長」という小さなスケールのテーマと「運命からの脱却」という壮大なスケールのテーマが綺麗に噛み合っているという点だ。

自らの血塗られた過去も相まって、それまで育児の全面的な部分を妻に任せていたであろうクレイトスは、まともに息子とコミュニケーションがとれない、正直言ってダメ親父である。

アトレウスが口をひらけば「黙れ」と言い、「面白い話をしてくれ」とせがまれてもオチのない話しかできず、昔の自分の面影を息子から感じ取る度についイライラしてしまう。スパルタ出身ということもあって教育方針はかなり厳格。全くと言っていいほど育児には向いていないクレイトスであるが(一応、かつてギリシャでも娘を持っていた)、旅の中で起こる様々なアクシデントや毛嫌いしていた神々からの助言を通じて段々と父親らしく成長していく。要所要所で息子にバシッと言い、護るために無茶苦茶な行動を取るクレイトスはこれまでとは違ったカッコよさがある。

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アトレウスもまたクレイトスと同様、旅を通じて成長していく。

彼の振る舞いは非常に子供らしく、まさに天真爛漫といったところだ。

世の中には悪い人間がいるということも知らないように純真で、時にわがまま、時に優しい。普段は見た目にも似つかわしくない程とても賢いのだが、ついつい感情的になり周りが見えなくなってしまう。破壊が大好きということも相まって、なんだかんだクレイトスそっくりである。

最初は寡黙で厳しい父に怯え、ある種憎しみのような感情を持っていたが、途中自分が父と同じ神であることを知ってからは調子にのり、かつての父と同じ振る舞いをしてしまう。最終的には破壊ではなく調和という道があるということを知り、一人の神として自分に何ができるのかを模索していく。

幼いアトレウスの変化はもうおっさんのクレイトスとは異なりかなり急激で、時間が経過するほどコロコロとその言動は変化する。親子喧嘩している時なんて戦闘中にこちらの操作を受け付けなかったりするほどだ。だが物語として走りすぎているという感覚は一切無く、年相応の変化として寧ろぴったりだといえるくらいには自然である。

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そんな親子の物語は、「ラグナロク」というやがて来る滅びの運命、そして血塗られた復讐の連鎖からの脱却という壮大な背景を元に展開されていく。

ラグナロク」とは北欧神話内でのラストエピソードに相当する物語であり、ロキ率いる巨人族オーディン率いるアース神族が衝突、最終的に双方共倒れとなり世界がリセットされるという内容である。作中ではこのラグナロクというキーワードが頻繁に登場し、神々がこれを回避する為になりふり構わず躍起になっている様子が描かれ、勿論クレイトス親子はこの流れに巻き込まれることになる。私は北欧神話についてよく知らない人間なので、話が展開していく度に新鮮で面白かった。実際作中で用語の解説もされるので、頭を抱える必要は無い。

 

神々の歴史は復讐の歴史でもある。神による他者への復讐は日本神話やギリシャ神話など様々な地域で語られているが、神であるクレイトス自身もまた、父であるゼウスを憎しみから殺害している。そしてゼウスもまた、自身の父であるクロノスを復讐として殺した。作中では復讐関係にある親子としてフレイヤバルドルが登場するが、一歩間違えばクレイトスとアトレウスもまた祖父の代から続く復讐の連鎖に巻き込まれてしまうことが、二人の関係から示唆されている。

 

クレイトス親子は無事、神々の血塗られた運命を断ち切ることができるのか。エンディングにてアトレウスが神々に復讐を果たす破壊者「ロキ」であることが明らかになった時、交錯していた2つのテーマが完全に一つになる。二人の旅路、成長も、全てはラグナロクの運命を変えるためにあったのだと。これまでの伏線が一気に回収され、更なる伏線が敷かれたエンディングでの快感はパズルの最後のピースが綺麗にハマったような、筆舌し難いものがあった。

 

 

God of War』であり『God of War』ではない。

God of War』と言えば『デビル・メイ・クライ』『ベヨネッタ』に代表されるような爽快感たっぷりで大味な戦闘を中心とするゲームプレイであったが、本作はこれまでの良い部分は残しつつもほとんどの部分を一新させたロックオンアクションへと変化している。敵を倒し、謎を解き、ボスを倒すというゲームデザインの根幹そのものは変化していないものの、骨組みとなるシステムそれ自体は歴代シリーズからガラッと変わったのだ。

 

 

 

先ず戦闘に関しては、敵を全滅させる必要があるという点は変わらないものの、これまでのハイスピードアクションから所謂ソウルライクな近接戦闘へと変化した。年老いたからか、一瞬で全てを粉々にしていたクレイトスの暴力的な力はなりを潜め、敵を数撃で粉砕することはできなくなっている。しかし敵の攻撃力は一切衰えておらず、油断しているといくらザコでも囲まれれば瞬殺されてしまう。これまでのような、なるべく敵を纏めて処理し続けるやり方ではなく、1対1に持ち込み確実に倒していく方針が奨励されている。

 

 

素手による格闘の他、使用できる武器は2種類。妻から貰った冷気の斧「リヴァイアサン」とかつての己の象徴である炎の双刃「ブレイズ・オブ・カオス 」。最初はリヴァイアサンしか使うことは出来ないが、物語が進むにつれブレイズ・オブ・カオスが解禁される。初期は素手も含めて単純な技しか繰り出すことが出来ないが、経験値を得てスキルを開放することで様々な技を組み合わせることが可能となる。

また、武器による攻撃とは別に「フィニッシュ攻撃」というものがあり、これは素手での攻撃や背面からの攻撃によって敵のスタン値を最大まで溜めることで発動できる大技だ。旧作よろしく、敵の肉体を引きちぎったり踏み潰したりと、残忍ながら爽快感溢れる攻撃で敵に一方的に大ダメージを与えることができる。

「レイジ」を消費すれば一定時間「レイジ・オブ・スパルタモード」になり、一方的に敵を蹂躙しながら体力回復も可能。これらの要素と左腕に装備した盾によるガード/パリィ、そして回避を駆使しながら、如何に効率的に立ち回るかというのが戦いの肝だ。

一度戦った敵の情報は息子がメモに残してくれるため、次回戦う時に参考にすると良いだろう。

 

 息子であるアトレウスの援護も忘れてはならない。プレイヤーの任意で弓を使った2種類の援護射撃を繰り出せる他、セットしたルーン毎の大技や、敵の拘束、回復支援など幼いながら様々な役割を果たすことができる。流石はクレイトスの息子といったところか。

 

 ソウルライクと聞くともっさりした戦闘を思い浮かべるだろうが、そんなことは全く無い。美しいエフェクトとヒットストップ、そしてフィニッシュ攻撃の存在によって非常に爽快感溢れるものとなっている。これは是非プレイして体験して欲しいものだ。

敵をザクザクと斬り結び、肉を引き裂く快感は旧作とはまた違ったものがある。

 

 

 

 

 謎解きに関しては特に難しいものはない。時間をかければ誰だって解けるパズルがダンジョン内に用意されている。

パズルそれぞれの「解き方」はダンジョンに関わらず全て共通しており、『ゼルダ』のように、ダンジョンごとに新たな道具を入手しそれを組み合わせてパズルを解く、ということは無い。コレに関しては個々人で感想は異なるだろうが、私は新しいもの好きなので「またこれか〜」と後半になるにつれ作業感が強くなってしまった。

ダンジョンの内容はどこでも言われているが『アンチャーテッド』を強く意識しただろうデザインになっており、基本的には地形に記されたマーカーにそって進んでいく。

その分移動する時間が多いが、そのあいだ発生する親子間の会話が面白く、そして敵も突然出現するため、プレイヤーが退屈になることは少ないだろう。

また、パズルにこそ「新たな道具」は必要無いとは言ったが、ダンジョン内の宝箱や扉は「物語後半になってからではないと開けられない」ものが多く、自然と長くゲームを遊ばせる工夫が成されている。

ただ、複数ある北欧神話の世界の中で広々と探検できる世界が実質1世界だけというのは些か残念ではある。せっかく9つの世界が存在するのだから、色々と冒険してみたかった。

 

 

 

 目玉となるボス戦に関しては全体的に少々味気ない。主要な敵以外のボスが所謂「使い回し」であり、モーションに大きな変化が無いというのと、そもそも本編中で大ボスと戦う機会が殆ど無いのだ。確か片手で数えられる程度だったような気がする。それほどまでにボス戦の印象が残ってない。戦闘が楽しいにも関わらずこうなっているのは個人的に非常に残念である。

主要ボスそのものもドラゴンはともかく「前座」感がすごい。トールではなくたいしたことない息子兄弟だったり、オーディンではなくやっぱり息子だったり。ラグナロクの前日譚を描く都合上、発動の鍵となるバルドルがラスボスになるのは致し方ないとは思うが、敵の強大さということで考えれば、物足りなさは拭えない。

これまでクレイトスが相対した強敵たちは、戦神であったり、海の神であったり、全能神であったりと、世界を操る規模の能力を持った神々だった。それを純粋な暴力でぶっ殺していく快感があったのだ。しかし本作にはそれがない。クレイトス親子に対し、歪んだ家庭像を見せる上で半端者の息子達をボスに据えるのは良いとは思うが、敵キャラとしても半端者というのはどうかと思う次第である。

しかし旧作でも素晴らしい働きをみせてくれたQTEは、本作でも健在だった。本作の映像演出とも相まって、最高の没入感をプレイヤーにもたらしてくれる。ボタンを入力する度に、「頑張れー!」「いけー!」と画面の前で無意識に声を出す私がいた。

次回作ではトールやオーディンといった主神クラスの神々をボコボコにできることを期待している。

 

 

美しい映像美と最高の演出

本作を語る上で欠かせないのは、絵画のような美しいグラフィックスとより物語にプレイヤーを引き込むための映像演出だ。

 

舞台となる北欧神話の世界を描いたグラフィックは、粗を探すと決して「細かい部分までリアルに再現している」というわけではないが、美しく見せるという点では特化されているように思う。金属の質感や雪原に残る足跡、ヌメッとした触手や独特の形状をした植物。モニュメントの挙動もそうだが、陰影や色彩感覚が素晴らしい。

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写真を観ている気にはならないが、美しいアートを観ている気分にはなる。これは好き好きになると思うが、私は大好きである。

 

 

そして徹底的にカットを差し込まない映像演出。『ヴィクトリア』など、映画で有名な演出手法であり、これをゲーム内に用いた作品は『MGS4』などが有名だが、全編に渡ってこれを行っているのは珍しい。カットを廃することでプレイヤーの思考がゲームから映像作品に切り替わることを防ぎ、物語への没入感を倍増させている。

特にQTEの演出時にこれは真価を発揮する。QTEが最悪と批判を受けるのは、「映像を観ているのにゲームをやらされるから」である。おっ、ムービーだと認識した直後にボタン入力、間に合わずに同じムービーを観る。最悪である。

しかし本作ではゲームからムービーまでにカットが無いので、切り替わったと認識することなく自然にQTEをこなすことができる。これは素晴らしい手法だと思う。

BGMもまた良い。現在Spotifyで無料配信中なので是非聞いて欲しい。

 

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総評

ソウルライクな戦闘や、アンチャーテッドなどを彷彿とさせるパズル・ダンジョン要素、斬新な映像演出など全体的に「既存作品のいいとこ取り」をしながら『ゴット・オブ・ウォー』らしさを大切にした、歴代シリーズファンだけでなく新規層も十分楽しむことができる傑作だと言える。狭い世界と薄味なボス戦など残念な点もあるが、基本的に好みによるところが大きいため、そこまで問題とは言えないだろう。

今年最高クラスのゲームを挙げろと言われたら間違いなく5本の指に入る作品だ。