ちら裏

ちらしの裏に雑に書きなぐるイメージ

最近のゲーミング

 

最近ゲームらしいゲームを全くプレイできていません。年末年始にかけてゴタゴタがあり、お金が無いからです。お金が無ければゲームを買えない。当たり前のことです。

ですが定期的にゲームをプレイしなければ死んでしまいます。これも当たり前のことですね。

ではお金が無い時にするゲームとは何か、勿論「フリープレイゲーム」があるだろうという方がいると思います。インターネッツという海の中を素潜りし、海女さんの如く面白そうなブラウザゲーをひろってくるという方法もあるし、そうでなくとも私はPS plus会員なので毎月ごとに配信される無料化された作品群を遊ぶことが可能なのです。

今月なんて『ラチェクラ』ですよ『ラチェクラ』。PS4作品の中では名作と呼ばれるカテゴリに入るゲームです。ですがなんなんでしょうね、自分の性格のせいなんだろうと思うのだけれど無料ゲームってイマイチやる気が湧かない。どうしても扱いが雑になってしまう。自分が欲しくないものをプレゼントされた時もそうなんですが、入手するに至るまでのプロセスに自分の手/意志が介在していないとどうしても使い込む意志が湧かないんですよね。自分が欲しいものは自分で勝ち取りたい、せめて等価交換が必要という価値観。逆を言うなら自分が要らないと思ったものは本当に要らない。それがたとえ他人からの恩情であったとしても。気持ちは凄く嬉しいんだけど要らないものは要らないんだよね。欲しかったものをプレゼントされた場合?なんというか複雑な気持ちになります。「ありがたいがこんな楽して手に入っていいのか」という。ん〜傲慢。

そういった気質があるのと、お金が無い時は連動して精神も参ってる場合が多く、大抵はハードの起動スイッチを押すことすら億劫になってしまっています。なにもしたくないがゲームはしたい。

そんな時プレイするのはソシャゲに限る。思考停止でひたすらにポチポチしているにも関わらず、目に見えて結果が現れるので精神に良い。

 

グランブルーファンタジー

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マグナ装備の3凸が終わった時点で現状に満足してしまい作品からしばらく遠ざかっていたのですが、クリスマスから年始にかけたCygamesの大盤振る舞いを機に復帰しました。とりあえずもらったヒヒイロを使って十天衆サラーサを入手したことから始まり、マグナ4凸装備を揃えるべく活動を活発化させています。行く年来る年グラブってた。神石装備はやってみたいのだけれど課金勢じゃないので無理かな…

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昔は6人HLとかビビって行けなかったんですが、今はロビー機能などかゆいところに手が届くような機能が充実しているのと、4年目に突入してプレイヤーレベルが全体的に向上し、メンバー募集をかけるとすんなりメンツが集まるようになったのもあって日課レベルでこなせるようになりました。マグナ周回以外に「アーカルムの転生」など他にコンテンツが増えたのもプレイヤーとしては嬉しい。

かつて前プロデューサーである春田氏が「グラブルスマホで遊べるMMORPGにしたい」とかなんとかインタビューで語っていましたが、この膨大な量のエンドコンテンツと、「団」「フレンド」という程よい仲間との距離感、やり込みがいのある戦闘システム、そしてリアルタイム感。既にMMORPGと比べて遜色ない内容になっているのではないでしょうか。数あるスマホゲームの中で1つの到達点にあると言っても過言ではないと思う。

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現在は一番最初に入手した十天衆であるシエテの最終上限解放を目指しチマチマ事を進めています。長い間放置していたこともあってか素材がだだ余りしており、割とすぐに解放まではいけそう。だが「銀の依代」、お前だけは許さん。交換用の素材集めのために行うデイロー周回はサービス開始初期のFGOを思い出すレベルには苦痛&運ゲー。複数人解放とかやってる人はダマスカスぶっこんでるんだろうか。

 

あと最近のストーリーイベント凄い良くて、話自体のクオリティ向上は勿論、「レンジャーサイン」以降専用一枚絵とかBGMとか増えて非常に良いです。本当に良い。特に一枚絵の方は今後発売するであろう画集に掲載されることを願う。

 

 

その他

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私は自分にとって嫌なことがあるとご褒美にお酒を買うのですが、先日神楽坂にある「千年こうじや」という酒屋で買った八海山の日本酒とビールが美味しかった。

日本酒の方は生酒で非常にフルーティ。ビールの方はキリッとしていてスイスイ飲める。

「千年こうじや」という店はどうやら八海山が建てたブランドショップのようで、酵母を活かした商品が多数棚の中で軒を連ねていた。お酒のたぐいは勿論、おつまみやスイーツ、化粧品まで結構な品揃えがあり、おみやげの類を買う時はここにしようと思った。

 

 

 

今回は文語体と口語体を混ぜて文章を書いてみたんだけど、なんか先輩後輩と話すときの喋り方に似てるな…

 

Wolfenstein Ⅱ THE NEW COLOSSUS レビュー

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人は何故時として悲哀と絶望に愉悦を見出すのか。

4つ数える、息を吸う。 4つ数える 、息を吐く。ナチスの軍兵共を脂肪とタンパク質の塊に変えながら、モニターの前の私はそんなことを考えていた。

この『Wolfenstein ii the new colossus』というゲームは、「先史遺産より凄まじい科学力を身に着けたナチス」によって支配された世界を舞台に繰り広げられる、血みどろの革命譚である。

激しすぎる人種差別、憎しみの連鎖、理由もなく覆いかぶさってくる理不尽、暴力、悲しみ、そして死。どうしようもなく救い様の無い物語なのだが、これまたどうしようもなく面白いのだから困ったものだ。

ちなみに本作は『Wolfenstein: The New Order』の完全な続編にあたる。一応モノローグの最中に前作にて行われた事柄が語られるものの、物語を100%味わいたいのであれば前作からのプレイをオススメしたい。

 

先ずはストーリーについて紹介していこうと思う。

この物語は前作の最終決戦における後遺症で、主人公である「ブラスコビッチ」が下半身不随となってしまうところから始まる。ブラスコビッチは元アメリカ軍の兵士であり、戦時中は勿論、連合国軍がナチスドイツに負けてしまった後もレジスタンスと合流し、ナチスと戦い続けてきた「ナチス・スレイヤー」だ。

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モノローグの途中で「主人公の2人の相棒のうち、どちらを助けるのか」という選択肢が発生するが、これによって物語の大筋が変化するということはない。途中入手できる特別な武器が変化したり、キャラそれぞれ固有のシーンが置き換わるだけである。

 

前作にて見事ナチス躍進の原因ともいえるマッド・サイエンティスト「デスヘッド」を討ち滅ぼすことに成功したブラスコビッチだが、その代償はあまりにも重すぎた。

ナチスを倒し自由を取り戻すために山岳基地への単独潜入から放射能汚染地帯の探索、果ては宇宙ステーションまで日帰り弾丸ツアーを行ってきたブラスコビッチの肉体は既に限界を突破しており、正直いつ死んでもおかしくない状況にあった。下半身不随で済んだことが奇跡であったくらいだ。だが現実は無情にも彼の休息を許すことは無かった。

かつて始末しそこねた凶悪なナチスの女軍曹「フラウ・エンゲル」が出世を遂げ、「デスヘッド」がいたポジションに収まっているではないか。復讐鬼と化した彼女の働きにより、ブラスコはボロボロの身体を引きずり起こされ、再び戦乱の渦に巻き込まれることとなる。

 

 

この悲惨な物語の何が面白く素晴らしいのかと言えば、どのレビューでも言われていることなのだが、展開の緩急が絶妙であるということだ。目を塞ぎたくなるような惨状が続くと思いきや、突如コメディのような笑みを誘う場面に切り替わり、しばらくすると非情な現実が後ろからやぁこんにちはと声をかけてくる。出演している役者陣の演技もまた素晴らしい。私は日本語吹き替え版をプレイしたのだが、ブラスコビッチ役の中田譲治氏の演技は勿論のこと、今作のボスキャラである「フラウ・エンゲル」を演じた片貝薫氏の演技は狂気と混沌に塗れた恐怖の象徴とも言える最高のものだった。今でも夢に出てきそうだ。

さらには寡黙な主人公による独白や、汚いブラックジョークの応酬など現状の悲惨さを暗示させる秀逸な演出も本作の物語を盛りたてるのに一役買っている。特に虐待を受けていた主人公の当時の記憶のフラッシュバックと、双子を妊娠している妻が身重の身体で幾度となく戦場に立つことになるシーンはプレイヤーの不安をより一層のものにさせる。

 

 

ゲームシステムに関しては1990年代より続くシリーズの伝統を継承しながらより爽快感を演出する方向に特化させたFPSとなっている。

 プレイヤーの素早い移動と、機械が爆発を起こし敵の四肢がはじけ飛ぶ演出はストーリーのモヤモヤを吹き飛ばすかのようにとても気持ちが良い。

ひとたび2丁の拳銃を両手に持てば、ランボーさながらの突撃プレイも可能である。

だがプレイの気持ちよさとは裏腹に、難易度は意外とシビアだ。前作の体力上限は「100」だったのだが、今作は物語の都合上なのかその半分の「50」。敵の火力も高く、何も考えなしに突っ込むと一番低い難易度ですら蜂の巣にされてしまう。その為、

「MGS」や「アサクリ」程ではないにしろ、簡単なステルスプレイはゲームを勧める上で必要になってくる。敵を集められる前に警報を鳴らす司令官を暗殺し、ゆっくりステージを探索するというの方法も時には必要だ。

本作では敵をKILLするために様々な方法を取ることができ、その仕方によって対応するスキルがアップグレードする。ただ銃で脳天を撃ち抜くだけではなく、重火器で溶かしたり、コンテナをぶつけてみたり、爆殺してみたりなど、色々と試してみるのもまた一興だ。

スキルだけではなく、武器もカスタマイズすることができる。武器1つ1つに3種類の方向性が用意されており、複数選択することができる。消音性を高めよりステルスを楽しめるようにするのか、一発の威力を高めるのか、連射性を高めるのか。先程述べたデュアル要素も相まって、どんな武器で戦うかはプレイヤーの個性が発揮されることになるだろう。ちなみにアップグレードに必要なアイテムは入手量が限られているので注意だ。

前作は一本道だったが、今作からは新しい要素としてサブミッションが追加されている。本編のステージを小さくしたような場所で敵の将校を殺害する、という内容のものが殆どであり箸休めにはちょうどいい。収集要素もあるが、そこまで気にする程のものではない。集めるのが好きな人は好きかなぁという程度。

 

その他注目すべき点としては、「ナチスによって支配された世界」を演出するにあたって用意された世界そのものだろう。鉄、石、コンクリート。近未来的な軍需施設と、それとは対象的な廃材と業火で埋め尽くされた郊外。ゲットーと化したニューオリンズ放射線を浴びたニューヨークだった場所。目の前の敵からふと目をそらすと戦争の悲惨が嫌でも伝わってくる光景が広がっている。「ナチ仕様」に置き換わった小物群も面白い。設定、特にメカニック周りはかなり荒削りなものになっているが、ここまで「ツッコミ上等」なオーバー・テクノロジーになっていると逆に笑えてくる。

 

 

『Wolfenstein ii the new colossus』は正統派1人プレイFPSとして最高クラスの作品と言えるだろう。素晴らしい物語とそれを助けるギミックの数々は、脅威的な没入感を引き起こし、悲惨で救い用の無い世界の一員として、ナチを徹底的に潰すことを許してくれる。普段PvPFPSを遊んでいてストレスが溜まっている方や、戦争モノが好きでグロテスクな描写が平気な人は是非プレイして欲しい。

 

私が思うFGOの魅力

新年早々、自宅にてこたつに篭りながらネットサーフィンをしていたらこんな文章を見つけた。

anond.hatelabo.jp

幸いにも、私はこの『FGO』(Fate/Grand Order)というゲームを楽しむことの出来ている型月厨の一人だ。イベントを毎回走り込む程ではないにしろ、ストーリー更新や新規サーヴァントの登場に胸おどらせる程度には楽しむことができている。

しかし、私のまわりには上記の文章の筆者のように、このゲームに魅力を感じることができず離れていった人間も多く存在する。そして、離れていく人間の言い分は大体こうだ。

「このゲームの楽しみ方がわからない。」

 

この記事は、『FGO』にハマることができなかったユーザー、そして、これから『FGO』のプレイを考えている人達に向けて、私が思う『FGO』の魅力をまとめたものだ。この記事を読んで『FGO』に対して前向きな印象を持ってくれれば勿論ありがたいし、逆に「私がFGOを好きになれない理由」を明確化してスッキリしてもらえても嬉しい。と言っても2つしかないんだけどね…

 

 

・とっつきやすく、それでいてスパイスの効いた世界観

TYPE-MOON(以下「型月」と呼称)関連作品は、魅力的ながら非常にとっつきづらい。その理由の多くとして挙げられるのが「膨大な設定」と「設定知識を前提として進行する物語」だ。これはまぁ、同時にこの作品群の魅力でもあるのだが。

 

型月の関連作品において、キャラクターの一人一人のみならず、キャラクターが住んでいる町、土地、世界…物語の中に登場する全ての存在、事象には理由があり、過去があり、未来があり、歴史がある。遠野志貴がメガネをかけている理由も、衛宮士郎が「約束された勝利の剣」を投影できない理由も、両儀式の魔眼が志貴のものとは違い脳に負担がかからない理由も、その過程もちゃんと存在している。

物語の背後にある膨大な量の情報によって、空想上の存在に実在性をもたせ、伝奇というジャンルを神話に近いところまで昇華させているのだ。

そしてこれらの情報はあまりに膨大すぎて作中で全て説明されることは無い。しかもその説明されない情報を前提として物語は進んでいく。

そりゃそうである。『月姫』は吸血鬼対吸血鬼の話。『Fate』は魔術師対魔術師の話。吸血鬼が吸血鬼の事を吸血鬼に話してもしょうが無いし、魔術師が魔術のことを魔術師に語っても現実味が無い。専門家同士が専門用語で話さずしてどうするというのか。

我々のような型月厨にとってはこういった膨大な「明かされぬ」設定というのは魅力どころかご馳走にすらなりうるのだが、一般的なユーザーにとってはそうはいかない。話の中で重要な部分が分からないのはモヤモヤするし、勝手に進行する話にはついていけなくなる。こんなんじゃ作品を楽しむことなんてできやしない。

 

だがFGOは違う。物語の根幹に関わる設定は作中でちゃんと説明されるし、その内容は、作中で紹介される情報の組み合わせで十分理解できるようになっている。

逆に説明されない情報というものは基本的に物語の軸になることが殆ど無い。が、知っているとニヤリとする場面がかなり多く存在している。

わかりやすいように再構築される世界観は確かに従来の型月作品の世界描写とは異なるものになってしまっているが、それでも従来のファンを飽きさせない工夫は欠かさず行われている。

 

 

・様々な性癖を持ったヲタクがFGOの元「一体となる」感覚

先程「とっつきやすさ」を上げたが、個人的にFGOの魅力というのはこっちのほうが多きい要素だと思う。

昨今のヲタク事情として、「経験や話題性の共有」の重要性が話題となっている。

アニメ『おそ松さん』の2期が振るわなかった一因として、リアルイベント不足によって「集団での楽しさ」が生まれなかったことだ、という意見が挙げれられたのがいい例である。同時に、ヲタクというのは面倒くさい生き物で、「ニッチ」というものを愛する傾向にある。

 

FGOはこの点に関して非常に上手く両立しながらやっていると私は考えている。「経験を共有したいユーザー」「ニッチを楽しみたいユーザー」「ゲームとして楽しみたいユーザー」「マウント取りたいヲタク」「課金したいユーザー」など様々な層を 『FGO』の名の元に1つにしている。

 

例えば『マシュ・キリエライト』というキャラクター1人とっても、「見た目が好き」「性格が好き」「『円卓の騎士』と〜な点で関わりがある」「初期無料キャラなのに強い」「昔シールダーというクラスがsnで実装予定だった」「外伝作品に出るアキレウスはシールダーのクラス適性がある」「中の人がショタコン」という様々な話題を展開することが可能なのだ。これが何人もいるのだから言わずもがな。

本来人に言えないことでも「FGO」の上なら伝えることができる。そう、FGOは本来相容れることが無かったジャンルのヲタクたちを1つに集結させ、語り合わせることに成功したのである。

リアルイベントによって著名人が全面的に楽しんでいる様子をユーザーに紹介しているというのも、「体験の共有」の演出という面で大きく役立っている。「憧れのあの人が遊んでいるゲームを自分も同じように楽しんでいる」という経験はファンの人なら誰でも嬉しいものなのであるし、ゲームに熱中するにあたって、ある種免罪符の役割を果たしているのかもしれない。

 

 

 

・ライト向けにチューンナップされた型月作品であること

・1つ1つの情報量が多いため話題の共有が非常にしやすいということ

この2点が私の考えるFGOの魅力である。

クリスマスとか誕生日とか

私がこの文章を書いている頃、世間はクリスマスで大盛り上がりをしているのだろう。

街のあちらこちらでは、カップルは互いの身を寄せ合い、家族は互いに笑顔を向け合う。友人知人で和気あいあいと盛り上がってるグループもいれば、一人じっくりとその雰囲気を味わっている人もいる。千差万別、各々の形で、「クリスマス」という祝日を満喫している。

 

私はこれまでクリスマスに限らず、誕生日だの成人の日だの、そういった祝日や記念日の類を楽しむということができなかった。早く終われと自分の中でブツブツ呪詛の念をひたすらに唱えていた。

苦手としてる家族が一同になって食事をする。普段私のことをどう思っているのかわからない両親が自分にむかって「おめでとう」などとほざく。有事の際、どうしても保身に走る人間(それはどうしようもないことである)がいつもありがとうと「贈り物」をよこす。互いのことをどうとも思っていない人間同士が、特定の日だけ互いの存在に感謝をする。それがどうしようもなく滑稽で仕方がなかった。滑稽に思えてしまうことが悔しくてたまらなかった。どうして私は他人からのプレゼントに対して、口だけの「ありがとう」しか言えないのか、せっかく言ってくれた「おめでとう」の中身を疑ってしまうのか。私がかつて見た地獄。その風景が、誰かから感謝を受ける度に脳裏に映る。私にありがとうという彼は、私の知らないどこかで、誰かに呪詛を振りまくのだろう。その呪いが、たまたま私に向けられていないだけなのだろう。そう考えてしまう自分がひたすらに憎かった。そして自分も彼らと同じ人間である以上、そういった面を持っている事が途方もなく悲しかった。

だから私は飲み込んだ。この雑念を払拭するために、人間の構造を飲み込んだ。人には善も悪も無いのだと。それはただのラベリングにすぎないと。人が成すことは全て本能に基づき、理性に基づくのだと。今私にありがとうという人が後に「氏ね」と告げることは自然なことであり、その逆もまた然りであるということ。生物は基本的に生存する為に行動を行う。ソレに対してわざわざ疑念をかけて一喜一憂することは非常にバカバカしいことだということ。

 

それからは随分と心持ちが楽になった。「おめでとう」に対して素直にありがとうと言えるようになった。私に向けられるあらゆる行為に対して「生きるためなら仕方ないよな」と思えるようになったのだ。現在の心境が前進の結果か諦観なのかはわからないが、まぁよしとする。

 

 

 

ゲームライターになりました

ゲームライターになりました。AUTOMATONさんにて Takayuki Sawahata名義で「ニュースライター」として記事を書かせていただきます。ペーペーの未経験で右も左もわからない新米ライターですが、一人前になれるようがんばります。 とりあえず取材行って記事を出せるレベルになる。専門を見出し極めていくのはその後。

 

 

一応今書いている記事はニュースなので、ゲームレビューは引き続きここに載せる予定です。(レビュー依頼があればまた別ですが)

 

 

仕事の依頼があれば右上のメールアドレスからどうぞ。学生ならではのフットワークの軽さが持ち味です。取材、ゲームレビュー、受け付けております。

ゲーム以外なら「アニメ・漫画」もいけます。よろしくお願いいたします。

 

最近のゲーミング

 

2017年ももう終わりですね。皆さんいかがお過ごしでしょうか。私はゲームをしています。

 

 

ファイナルファンタジー15

 つい先日の生放送にて1年間を通したアップデートが一段落ついたファイナルファンタジー15。今年最期のアプデにて念願の「メインキャラ変更機能」が実装され、やっと製品発表当初の形になったのではと思い最初からプレイ。

 

 

道路以外も走れる様になった愛車「レガリア」や問題点として挙げられていたストーリーにおける演出の乏しさの改善など、初めてプレイした時とは最早別ゲーとなっておりかなり驚くものがあった。特に戦闘に関してはメインキャラを変更して「プロンプト」にすると空中を飛び回るスタイリッシュアクションゲーからTPSに早変わり。楽しい。

FF15は来年もアプデを続ける方針で、とりあえず要望の多かったラスボスのバックボーンに関するDLCを制作、発売予定だそう。これに関しては敵側に関する情報が作中で殆ど明かされなかったということと、当然といえば当然なのだがDLCを出せば出すほどそのクオリティが向上しているというのもあり、私としてはかなり期待している。

発売当初叩かれた結果、長期的なアップデートを続け良ゲーとして生まれ変わった作品として「ノーマンズ スカイ」という洋ゲ―があるが、このFF15も和製「ノーマンズスカイ」として昨今のPS4ソフト群を代表する1本になれるよう頑張って貰いたいと思う。

 

とりあえずストーリーを進めてある程度の場面まで行ったらイグニスのDLCを購入してプレイするつもりでいる。レビューも書くのでお楽しみに。

 

 

モンスターハンターワールド β版

 美麗な映像、多種多様な狩り手段、壮大なフィールド…理想のモンハンがここにあった…

先週、モンスターハンターワールドの試遊がPS+会員限定であったので遊んでみた。そりゃもう今まで欲しかったものがほぼほぼ搭載されておりそれだけで満足なのだが、一番新機能として個人的に嬉しかったものは、「モンスター同士の縄張り争い」だ。

今作から一度の狩りにおいてターゲットとなる大型モンスター以外にも「元々その場所を住処にしているモンスター」が同時に発生することになった。モンスターの同時発生自体は過去作において「乱入」という形で実装されてはいたが、新たなモンスターが狩りの最中に「乱入」することと「自然の中で狩猟を行う」というゲームデザインが有機的につながっているというわけではなく、ある種のゲーム的なハプニング要素としての意味合いでしかなかった。(「イビルジョー」という乱入というシステムと生物としての生態が密接に関わるモンスターがいたはいた)

しかし今作においては乱入ではなく「元々その場所に住み着いていた」という設定にすることで、新手の出現にハプニング以上の意味合いを持たせることに成功している。これまでMHシリーズに登場するモンスターの生態というのは、一匹ずつそれぞれの設定が存在していたものの、作中においてそういった描写を見ることができる場面は全くと言っていいほどなかった。殆ど「ゲーム内PV」という形で、ゲームとは切り離された場所から紹介を受けることが少なくなかった。NATIONAL GEOGRAPHICを観るような気分である。

だが、今作は新手のモンスターと狩りのターゲットとなるモンスターが、自信の縄張りを巡って出会った途端争いを始めるのだ。

ボルボロスに巻き付くヴォルガノス、アンジャナフに喧嘩を売って噛みつかれるドスジャグラス…これまで映像でしか観ることができなかった情景が目の前でリアルタイムに行われていることに感動した。モンスターが1キャラクターとしてではなく1生物として生きているのだということを知識ではなく感覚として理解できた。自然はそこにあった。「縄張り争い」のモーションはおそらくモンスターの数だけ存在すると思われるので発売が非常に楽しみである。それを観るためだけに買ってもいいくらい。

 

 

OVERWATCH

 冬イベが開催されたということで初参戦した。雪合戦とイエティ狩りという2種類のメイちゃん主役なSpecialゲームが実装されているのだが、全然上手に立ち回れない…雪合戦は2人倒すのがせいいっぱいだし、イエティ狩りの方はイエティ側で今だに勝てたことない…どうして上手いゴリラは自由自在に動き廻ることができるのだろうか…自分がプレイするとだいたい壁に激突して凍死する。いつもの殺伐とした感じとは違って楽しいんだけどね。

アリーサのプルプルエモートや限定スキンが欲しくてボックス開けまくってるのだが、最上級レアはでるものの恒常ばかり…ほしいもので唯一出たのはリーパーおじさんのスキンくらいかな。幸いダストが少しあるので1個買おうか思案中…

 

 それはそうとしてOVERWATCH 「ゲームアワード」Best Ongoing Game部門受賞おめでとうございます。2年前のゲームとは思えないくらい楽しい。 今後もお世話になります。

 

ハースストーン

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 TCGプレイヤーとしてずっと前から興味を持っていたハースストーン、つい最近やり始めた。流石日本で派生作品が複数制作されだけの本家本元、かなりおもしろい。日本産デジタルTCGの多くは普段TCGをプレイしない人達がカジュアルに参入できるように、「カード一枚一枚がそれ自体で完結した効果を持っている」ものが多く、「一度の対戦におけるゲーム時間が短くなるようなゲームデザイン」になっているのだが、このハースストーンにおけるカードの多くは基本的に「コンボ前提」で作られており、必然的にゲーム時間は長くなるものの、TCGにおける楽しさの肝である「戦略」を思う存分楽しむことができるようデザインされている。

生粋のTCGプレイヤーであった私にとって、カードを複数枚組み合わせる戦略を重視しない方針の日本産のデジタルTCGは本当に面白くなく、暫くプレイしてランクマッチで最上位ランク到達後投げるを繰り返していたのだが、ハースストーンはその点めちゃくちゃ楽しい。ランクを競う「アリーナ」では下位の人でも普通に強いし、上位にいけばいくほどその強さは跳ね上がっていく。当然の如く勝つためには強い「コンボ」を考えなければならないのだが、強い人が使うコンボは「美しい」。とにかく「美しい」のだ。高い状況判断能力から繰り出されるその場に最適なカードの組み合わせ、今後の展開も予想しながらの場の処理、ダメージ計算。人の脳は色の配置や濃淡、音階の順列や記号の羅列だけではなくカードの展開にも美しさを感じるように出来ているのである。

 

よく難点として「課金が必要だ」という意見が挙げられるが、良いものには金を払うのは至極普通というのと、このゲームはスマホを基盤とした「ソーシャルゲーム」ではなく、元々PCを基盤とした「競技としてのカードゲーム」という性質上、勝ちたいならお金払って「流行りのデッキ」を使わなきゃいけないのは当然のこと。(何故流行りのデッキを使わなければ勝てないのかということに関しては長くなるのでまたどっかで書きます。)

ただ金を払えば払うほど勝利に近づくのかといえばそうでもなく、最終的にはプレイングの差になってくる為、カードゲームにおける土俵に上がる為の入場料だと思っていただければ。

 

ちなみに私は諸々合わせて1万円ほど課金しました。これでやっとアリーナで勝てるようになった感じ。(なおネットで行われた大会に出場したら遥か上のランクの人にボコボコにされた模様)今月あと僅かだがレジェンドは無理だけどランク10あたりには行きたい。

 

 

 

 

個人的 2017年ベストアルバム

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今週のお題今年買ってよかったもの

 

先日ゲームのやつを書きましたが、今回は音楽の方です。

先ず言っておくと、「音楽」という分野に関して私は知識があまりなく(勉強中です)自分が良い音楽に出会った時に「ん〜良い」としか言えません。「ここのストリングスが〜」とか「このフレーズはこれまでの文脈から言うと」とか言えません。

人が芸術に向き合った際の行為において、背景知識や技術的分析もなしに「自分の琴線に響いたものを良しとする」という態度が正しいことなのかはわかりませんが、この記事において紹介されるAlbumは、様々な音楽を聞く中で私が「ん〜良い」という感覚を特に強く覚えたものです。私個人の「感覚」で捉えたものを紹介することが、この記事の読者の方々にとって薬になるか毒になるかはわかりませんが、少なくとも響くものはあると思っています。以下のAlbumを聞いて「ん〜良い」と言ってくれれば幸いです。

 

 

MASSEDUCTION-St.Vincent

 

 

 

Sleep Well Beast -The National

 

 

 

LIVE YOUR LIFE-岸田教団&THE明星ロケッツ

LIVE YOUR LIFE

LIVE YOUR LIFE

  • 岸田教団&THE明星ロケッツ
  • アニメ
  • ¥2400


 

 

Harmony of Difference-Kamashi Washington 

 

 

 

NieR:Automata Original Soundtrack

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※画像クリックで公式ページに飛びます

 

 

Who Built The Moon ? -Noel Gallagher's High Flying Birds

 

 

BOOTLEG-米津玄師 

BOOTLEG

BOOTLEG

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥2500

 

 

 

Melodrama-Lorde 

 

 

今年も良い音楽を沢山聞けた年でした。来年も是非そうでありたいですね。