ちら裏

ちらしの裏に雑に書きなぐるイメージ

FGOを楽しんでいます 続

amagi.hatenablog.com

周回がとにかくかったるい夏イベントに取り組みながら引き続き楽しんでおりますFGO

兼ねてより星3以下のサーヴァントの育成に取り掛かり始めました。育成と言っても私の場合は霊基再臨が最優先事項なのでスキル方面は高レアリティ含めてまだまだ終わっていません。

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Stay night時代からのお気に入り、メドゥーサとメディアさん。

モーション改修があったようで、以前プレイしていた時とは比べ物にならない程戦闘時の動きが本当にカッコ良くなっていました。特にメドゥーサの宝具、「ベルレフォーン」とメディアさんのEXアタックは原作での作中描写や対戦格闘ゲーム「unlimited codes」でのモーションを彷彿とさせ、ガンガン技を繰り出して行きたくなりますね。

なんとなく自分の中で「好きなキャラクターは高レアリティであってほしい」という歪んだ気持ちがあるので、育成した星3以下サーヴァントには必ず聖杯をぶち込むようにしています。金枠と銀枠では自分の中での使用感に対するモチベーションが違う。

後はクーフーリン兄貴を80Levelまで上げたいと考えているのですが、なんと我がカルデアに兄貴はいないのです…いや何度か来てくれた事はあるんですが、当時は若く、星3以下サーヴァントの有用性に気づいていませんでした…

兄貴には大変申し訳ない。

 

育成方面以外ですと、前回の記事で触れた「アガルタ」を無事クリアしました。

巷では面白くないとかなんとか言われているこの章ですが、私は結構楽しむことができました。以下レビューになります

※普通にネタバレありです。閲覧ご注意ください。

 

 

「伝承地底世界 アガルタ アガルタの女」をクリアしました

 

世紀末と化した新宿で計画された殺人計画をなんとか解き明かし、かつての最終決戦中に逃げ出した魔神柱四体のうち一柱「バアル」を倒した主人公一行が次に向かったのは、男性が虐げられ、女王が統治する3国が覇を競い合う世界「伝承地底世界 アガルタ」 。

シャルルマーニ12勇士その1人である「アストルフォ」、白百合の騎士と呼ばれた伝説のスパイ「シュバリエ・デオン」の性別不詳コンビを仲間に加え、主人公は何者かによって仕組まれた「物語」に立ち向かっていくことになります。

 

ハイライト

「アガルタ」の全てはこの最終決戦に集約されると言っても過言では無いでしょう。

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「ただひたすらに死にたくないがために生きる」英霊シェヘラザード。ただひたすらに死を回避する為、狂王に千夜の間語り続け生き抜いたことで英霊となった人物。しかし誰よりも「死ぬこと」を恐れていた彼女に待ち受けていたのは、皮肉にも「世界に必要とされる限り、第二、第三のみならず永遠に限りある生を送り続けることになる、すなわち何度でも死に続ける」運命でした。

 

二人の問答シーン

今回の事件においてシェヘラザードは黒幕として、自らの運命を断ち切るため、此度の現界を最期の生とするため、世界を巻き添えに自殺を図ろうと試みます。

私がこの最終決戦で初めて彼女の動機を聞いた時、彼女に深く共感すると共に、このゲームの原作にあたる「fate/staynight」に登場するサーヴァント「エミヤ」を思い出しました。エミヤはシェヘラザードと同じく自身が再度召喚されることを防ぐため、ひいては自身の存在を抹消するため、セイバーのマスターである衛宮士郎、すなわち過去の自分を殺しタイムパラドクスを起こそうと聖杯戦争において暗躍をしました。どちらも境遇こそ違えど英霊というシステムを否定する為に活動をしたという点では共通しています。

 

最終的に二人は紆余曲折の後に改心し、自らの運命を受け入れていくことになります。

エミヤの場合は、憎き過去の自分である衛宮士郎の説得に応じる形で、自らの過去、そして現在を受け入れていくのですが、

シェヘラザードの場合は、よりにもよって彼女が最も忌み嫌う「王」であるフェルグス・マックロイの説得によって自らの考え方を改めていくことになります。

フェルグスは「死ぬために生きている」シェヘラザードに対し、自らの自殺に世界を巻き込もうとする気概があるのだから、それを別の方向に活かして「せめて笑って死ね」と、「満足して死ぬ為に生きろ」と語ります。良い言葉です。本当に。

肝心な例えが「例えば俺の嫁になって子供作って育児してみたら満足した人生送れると思う」っていうところが絶倫で知られるフェルグスらしくて酷いなと思いましたが。(笑)

 

こういった言説というのはどうしても上から目線になりがちになってしまうのですが、語り手のフェルグスがあくまで「成長途中の姿」であり、物語の中で様々な価値観に触れて価値観を変化させていく場面が描かれていたことで、私は素直に彼の言葉を受け入れることが出来ました。

カルデアに召喚されているフェルグスは完成された1武人としての側面が強調されており、すでに王を辞めたあとの姿で存在していますが、今回アガルタに召喚されたフェルグスは、幼い頃の姿、即ち、「これから王になり、そして王を辞めるまでの道程にある」姿、まだ超人ではなく人間に近い姿です。

まだ幼い彼はこの物語の中でレジスタンスを含む4つの集団と出会い、「民草全体としての在り方」「民草個々人の在り方」「自分自身の在り方」について考え、成長していきます。そして自分の生き方、「在り方」を導き出すのです。この成長による思考の変化の過程を描いたからこそ、「在り方を見失っている」シェヘラザードへ語ったフェルグスのメッセージの説得力が増すのかなと私は思いました。

 

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そしてこのシーンを読んで 、ああ彼女もエミヤ同様、彼女なりの答えを得たのだろうなと思い、なんだかホッとしたのでした。

 

 

カラドボルグの真名解放シーンも最高だった

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熱すぎる。私の脳内ではフェルグスによる詠唱の途中から大人ボイス(CV黒田崇矢)とショタボイス(CV森なな子)が同時に脳内再生されていました。グレンラガンかな?fateやってるとよく聞くことになる「カラドボルグ」ですが(主にエミヤのせいで)これがオリジナルのカラドボルグの真の力なのか、普段は力をセーブしていたんだなと認識させられました。島一つ崩壊させる威力なのだからそりゃセーブするわ。

どうやら設定上カラドボルグは「古の神々の欠片」と呼ばれているそうで。ドリル…剣…エア…うっ、頭が…

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このフェルグスのように、カルデアでは本気を出さない(出せない)けれど、いざという時にはとんでも無いことをする英霊は他にもいるのだろうか…だとしたら楽しみです。

 

 

全体的な感想

「アガルタ」全体的な感想としては自分なりには結構楽しめたかなぁと思います。

エロとグロを全面的に押し出したストーリーはfate原作、ひいては古き良き型月作品群を思い起こさせてくれました。

特に桃源郷が燃やされてから最期の場面、ラピュタ墜落までの流れるような怒濤の展開は、場面さながらにファンタジーアドベンチャーゲームをプレイしているかのような感覚を覚えました。

確かに細部を観るとこのキャラクター必要?みたいな疑問が起きたり、主人公の選択肢が真面目な場面に関わらずギャグ寄りというか、もっといい言葉なかったのか、と言えるような箇所が多かった。特にシェヘラザードがかつて自身の存在そのものを抹消させたロマニに対して「うらやましい」と呟いたシーン。

ダ・ヴィンチちゃんのように主人公にはもう少し静かにキレて欲しかったです。「貴女と彼とは決定的に違う」っていうことをもっと淡々と説明して欲しかった。正直「歯ぁ食いしばれぇ!」はその後の場面の温度差も含めてちょっと無いなぁと思いました。

それでもストーリー全体を通して感じられる「国として/個人としての在り方とは」といったテーマや、

「ただひたすらに死にたくない、死を回避する為に生きる」という「誰よりも人間らしい英霊」であり、「在り方を見失っている」シェヘラザード、その対比として彼女を取り巻く個性豊かな「英霊らしい英霊たち」が良かった。

畜生ではありましたが、第2の人生をすべて自らの為に使い、死に際ですら次に召喚された時のことを考えていたコロンブス、自分の人生に並々ならぬ誇りを持っていた武則天、作中「強い女性、そして人生を1つのきっかけで狂わされた人間の象徴」として描かれているアマゾネスの女王 ペンテシレイア、

そして自分の欲望のままに王になり、自分の欲望のままに王を辞めることになるフェルグス。

シェヘラザードを取り巻くがみんなシェヘラザードによって歪みこそすれ「自分らしく」生きているんですよね。

「物語の語り部」であった彼女が、1キャラクター、1人間としての在り方を見つめ直し、周囲の人たちから少しずつ影響を受け、最終的に「死」に対する恐怖を冗談混じりで語れるようになっていたあのモノローグは大団円と言っても差し支えないでしょう。

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道中の戦闘に関しては「新宿」くらいが丁度良かったかなぁという感想です。

「アガルタ」では前章である「新宿」において実装された「ブレイクゲージシステム」を活かした「耐久戦」の考え方が導入されており、それが特に顕著だったのが本章の山場である「メガロス戦」と「フェニクス戦」でした。前者は12回殺さなければ死なないという設定のもと、戦闘の度に数回殺し続ける必要があり、後者は「不死鳥の概念の元になった」という設定上、特殊ギミックが採用され、体力を数回削りきる必要があったり、数ターン攻撃を耐える必要があります。

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FGOにおける戦闘というものは、数ターンに一度敵が一撃必殺の攻撃を放ってくる都合上、「倒される前に倒す」ことと「どれだけ敵の攻撃を躱すか」に注力する必要があるのですが、「アガルタ」での戦闘に関してはどちらも良く考えなければ突破できない難易度になっていました。戦闘それ自体は高い戦略性が求められていて面白いと思うのですが、「キャラゲー」なのに戦闘に必要とされるサーヴァントのレベルが高すぎる、戦闘に参加できるキャラクターが絞られすぎている印象を持ちました。特にフェニクス戦。「ルーラー」のクラスを持つフェニクスに対して有効打を発揮するクラスは「アヴェンジャー」と「バーサーカー」のみなのですが、どちらもクラスの特徴上長期戦に弱く、特定のタイミングで全体無敵や回避、ゲージ減少による大技の遅延ができるサーヴァントのサポートが必須となります。

こういったことが出来るサーヴァントは軒並み高レアリティ、もしくはかなりの労力を持って育て上げる必要があり、特に「ルーラー」クラスに対して一方的な有利を取ることができる「アヴェンジャー」のクラスを持つサーヴァントは数それ自体が少ない為、渋いガチャもあわせて「持ってない人はどうするんだ」という疑問は勿論、サーヴァントが揃っているであろう上級者向けのチャレンジクエストにこうしたギミックを実装することに対しては全然良いと思うのですが、誰もがプレイする「ストーリー」に実装することに対しても疑問を呈したいです。

このゲームはあくまでキャラゲーであり、メインとなるストーリーは自分の思い入れのあるキャラクターと共に踏破したいと考えている人は多いと思います。それなのに、「攻略にある特定のキャラクターが要求される」というのはいかがなものかと思いました。

敵を戦略性の面で強化していくならば、それ以前の戦いに挑む権利くらいは平等にしたほうがいいのではないでしょうか。

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 「アガルタ」に関しては以上です。ストーリー良かった/戦闘イマイチという評価です。

次章「英霊剣豪7番勝負」楽しみです。武蔵ちゃん欲しい…

FGOを楽しんでいます

先日、こんな文章を書いたのですが、

amagi.hatenablog.com

8月10日現在、かつてあれだけこのゲームに対する不満点があったのにも関わらず、自分でも驚くほどにガッツリプレイしています。サーヴァントの育成がとにかく楽しい・・・

 

 

「悪性隔絶魔境新宿 新宿幻霊事件」をクリアしました

手持ちのサーヴァントの育成がある程度済んだので、遅ればせながら早速1.5章第一弾「悪性隔絶魔境新宿 新宿幻影事件」を攻略しました。感想を書きたいと思います。

※以下普通にネタバレです。

 

憐憫の獣、ビーストⅰ「ゲーティア」を倒し人理を守った主人公達が安堵するのもつかの間、世界を救った事によって名が知られたことに由来する魔術協会によるカルデアへの介入、相棒マシュの戦線離脱、そして新たな特異点の発生など、これまでとはまた異なった数多くの問題が主人公達に向かって襲い掛かってきます。

その最初の舞台となったのは驚くことに日本、1990年の新宿でした。

まるで「北斗の拳」の世紀末な世界を彷彿とさせる、悪がはびこり退廃した都市「悪性隔絶魔境・新宿」の裏で、悠久の時をかけて計画された完全犯罪を打破するのが今回の物語になります。

 

この物語のテーマは「悪」と「創作」となっており、世界を救う為、主人公に今後訪れることになるであろう「手段としてあえて「悪」となる必要性」に対し主人公がどう向き合っていくのか、そして、「創作者=人間」によって生き方を定義づけられ、振り回されることになった、「物語、伝承から生まれたキャラクター」の悲しくも魅力的なその「在り方」が今回の事件を通じて問われ、演出されていきます。

 

ハイライト

この物語を象徴する大好きなシーンがあります。

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 自らの敵である人間に直接撃たれることもなく、愛する妻を殺され、あまつさえその亡骸を人間に利用されるという耐え難い屈辱を受けながら非業の死を遂げた伝説の狼、「ロボ」。作中、彼は人間への憎悪の焰に身を焦がし、決して終わることのない殺戮を遂行する不屈の復讐者として登場します。

どんな手段をもってしても止まることのないロボを倒す為、苦肉の策として、主人公達は、かつてロボが愛した妻、「ブランカ」そっくりの白い犬(アルトリアオルタのペット)を囮にすることを思いつきます。上記の画像は、その作戦をいよいよ実行する段階になった時のワンシーンです。

消えない人間への憎しみの末、どうして人間を殺し続けているのかも分からなくなってしまったロボが、「再び人間に同じ仕打ちをされたこと」によって死へと導かれ、そこでやっと本来の目的、復讐を遂げた先にあると願った光景を思い出す。

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「我々は、再びおまえの愛を悪用する。」

 

「悪を倒す為に悪になる」、そして死してなお「人間によって振り回されることになったキャラクター」という題材の演出としてのロボとの最終決戦はこの物語を代表する名シーンだと言っても過言では無いでしょう。

 

もう一つ好きなシーンは「悪の象徴」ジェームズ・モリアーティが自らの完全犯罪のあらましを自白するシーン。 

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 「悪を倒す為に悪になる」という今作のテーマに対し、「善を倒す為ならば善にすらなった」悪のカリスマ モリアーティの犯罪計画にはホント思わず唸らされました。

「記憶を消して別人になりきる」という超常的なトリックは、例えば漫画「デスノート」や、映画「サイコ」など様々な作品で使われた所謂使い古された手段ですが、それでも私が唸ったのは、作中描写を通して私の中に「モリアーティが犯人じゃありませんように」という想いを抱いてしまったからです。

最初は「本当に胡散臭く、明らかにお前が黒幕だろ」というモリアーティに対して抱いていた印象が、物語が進む毎に、「いや、真犯人は別にいるんじゃないか・・・?」と次第に変わっていき、「頼りになるやん」とまで私に考えさせてしまった。

 

加えて、作中「超合理的な人物」として描かれているモリアーティが採用したこの計画がほぼ博打というのも面白かった。「自分の記憶を消して生まれ変わる」というも博打ですが、本来この事件はFGOの設定からして「解決しなくても良い」事件です。

別に新宿を無視してカルデアに帰還してもよかったのです。ですがモリアーティは賭けたわけです。主人公の折れない善性に。彼の気質なら絶対にこの事件を解決しようとするだろう。彼ならば困難を乗り越え私の前にたどり着くだろう。彼ならば「私の大切な人になってくれる」だろう。全くと言っていいほど合理的ではありません。これが犯罪紳士と呼ばれたモリアーティの犯罪計画として成り立つのか言っていいほどガバガバです。だからこそ手段が全くわからなかった。気づくことができなかった。「最期は大切な人を撃ち抜くという魔弾の話」が中盤ハッキリと出たにも関わらず。

完全にモリアーティの術中にハマってしまったわけです。ホームズ同様この時点で私の負けです。

 

最終的に、悪がはびこる新宿において最期まで決して折れることがなかった、何より自分が信頼した主人公の善性によって、モリアーティは敗れることになります。

このオチも王道で良かった。

 

 

次点としてはダブルオルタとの絡みでしょう。本編通じてとにかくキュートそして同じ分だけクール。可愛い!かっこいい!

アルトリアオルタはかなりチョロインの癖に〆るところはきちんと〆る。

特に本編ラストの「卑王鉄槌」で爆散した隕石の破片を薙ぎ払うシーンは最高だった。

ジャンヌオルタは乙女回路がショート寸前で可愛いすぎるんだけれど、やっぱり根っこは「作られた復讐者」っていう逃れられない業を背負う悲しいキャラクターで、ロボを一人で足止めする時、復讐しかなくなってしまったロボに共感しているシーンは思わず涙が。

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型月のヒロインは…最高やな!

 

 

全体的な感想

全体的な感想としては綺麗に纏まって非常に面白かったです。ですが物語的な尺を意識したからか、終盤駆け足というか突飛になってしまったなという印象は否めません。特に最終決戦において主人公が様々な探偵たちとモリアーティを追い詰めるシーン、やりたいことは分かったのですが、「犯人はお前だ」っていう言葉は、前段階として探偵が犯人のトリックを語り、それを聞いた読者が頭のなかで犯人を考えるというプロセスがあるからこそ盛り上がるのであり、ただ事実を宣言してもそこまで面白くはない。ホームズを持ってしても逮捕できなかった伝説の悪役を後に続く名探偵達が追い詰めるという構図は熱いんですけどね。

それにしても犯罪計画の全容、犯人の動機、トリックの面白さというミステリーを構成する上での根幹になる要素、そして物語全体のテーマがしっかりしていたので詰まることなくスラスラと進めることが出来ました。

道中の戦闘に関しては新しく導入された「ブレイクシステム」のお陰でやりごたえがあって面白かったです。ブレイクまでのダメージ計算、スキルのCT、宝具を使うタイミング…FGOにおいて自分の中で初めて戦略らしい戦略という概念が生まれ、コマンド式RPGをやっている気分になりました。特にロボ3戦目と最終決戦は頭使って時間かけてやりました。なんどもやるのは流石に疲れますが、山場山場に用意してくれる分には一向にかまいません。

またこういったシナリオをプレイしてみたいものです。期待してます。

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 現在は第2部「伝承地底世界 アガルタ アガルタの女」とをプレイしています。

新宿とはうって変わってモロファンタジー。「男と女」「人の在り方」がテーマになっており、性及び生と死を主題として扱っているからかエロとグロ描写が盛りだくさん。 SERO「Z」指定なファンタジー洋ゲ―だなという印象を受けています。

私は読んでいて別に巷で言われているような「おもしろくない」という程おもしろくないわけではないと思いますが、確かに物語が全体的に平坦で、これから展開をするという時に突飛な影響を受けます。それでも、

ストーリー全体を通して感じられる「男として/女としての幸せとは」といった形式的な幸福それ自体に対する疑問や、

「ただひたすらに死にたくない、死を回避する為に生きる」という「誰よりも人間らしい英霊」であるシェヘラザード、その対比として彼女を取り巻く個性豊かな「英霊らしい英霊たち」が良い。

畜生ではありましたが、第2の人生をすべて自らの為に使い、死に際ですら次に召喚された時のことを考えていたコロンブス、自分の人生に並々ならぬ誇りを持っていた武則天、作中「強い女性、そして人生を1つのきっかけで狂わされた人間の象徴」として描かれているアマゾネスの女王 ペンテシレイア、

そして後に豪放磊落の王、武人となるその過程にいる、作中のイレギュラー、フェルグス 

 

「別にこれいらなくない?」みたいな疑問は度々感じますが、(メガロスやエレナなど)キャラクターそれ自体は魅力的だし、物語全体を通して言いたいコトは伝わってくるので問題はないです。全体として面白ければそれで良し。

まだ完全にクリアしたわけではないので、クリアしたらまた感想書きます。

 

フレンド募集中です。どなたでもどうぞ。

ID 814 230 227 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近のゲーミング

Fate/Grand Order

皆さんご存知かと思われます人気ソーシャルゲームFate/Grand Order」(以下FGO)のプレイを、最近あった「福袋ガチャ」を回したことがきっかけで再開しました。

実のところ私はFGOが発表された段階で事前登録を済ませ、初期にプレイを開始したユーザーであり、FGO歴を考えると割りと長いのかな、というところです。

 

 一度プレイを投げた理由

「再開」と先述した通り、私は一度FGOの継続的なプレイを投げてしまっています。具体的には第1章のラスボスを倒して投げました。イベントは最初は参加してましたが最後の方はほとんどやってません。

その理由は2つあるのですが、その内の1つとして挙げられるのが「当時のゲームシステムの酷さ」です。

私が本格的にプレイをしていた頃のFGOというのは、今でこそかなり改善されましたが、とにかくゲームシステムが酷かった。基本FGOというゲームは、クエストの周回をして敵を倒し続けることで育成用素材を入手し、それによってキャラクターを育成、そして高難易度クエストをクリアする、というサイクルがプレイの根幹になっているのですが、1番最初の段階にあたるクエストの周回が本当に辛い。

同じ内容の敵を倒すクエストを何回も周回し続けるゲームなのに肝心の戦闘が辛いんです。

FGOの戦闘システムというのは詳細は省きますがシンプルに見えてかなり複雑なものになっており、物語の終盤に行けば行くほど、クエストにおいて要求される戦略の質というものは高くなっていきます。そして、キャラクターのレア度が高ければ高いほど育成に必要な素材は終盤に手に入るものが多くなっていきます。

つまり、キャラクターの育成にはかなりの回数クエストをこなさなければいけないのに、クエスト攻略のために1回1回ちゃんと「考えて」プレイをしなければならず、育成対象のレア度が高くなれば高くなるほど「考える」時間が増えていくのです。

これに「オート戦闘」の機能がないこと、必殺技の演出がカットできないことも相まって1回の戦闘に時間がかなりかかってしまい継続プレイが辛いというのがFGOを1度投げた理由の1つです。

 

こういった同じクエストを何度も周回することを前提としたゲームは、ある程度育成が進むと戦略を度外視し、パワーで無理やり敵を倒す所謂「脳死プレイ」が可能になるのですが、FGOにおいて「脳死プレイ」を可能にする為には複数のレア度が高いキャラクターが不可欠になります。勿論、レア度の低いのキャラクターでもちゃんと育成すれば「脳死プレイ」は可能になります(これがFGOの良いところです)が、レア度の高いキャラ以上に手間がかかることがほとんどです。

その為、必然的にレア度の高いキャラクターを手に入れるべくガチャを回すことになるのですが、これがとにかく渋い。

 

私が1度FGOを離れたもう1つの理由は、ガチャがとにかく渋いからです。

 

先程ゲームを快適にプレイするには高レア度のキャラクターが必要だと述べましたが、その排出率はなんと1%!中レア度で3%!そもそも低レア度含めたキャラクターが出る確率が24%!キャラゲーなのに!

つまり高レア度キャラクターを手に入れるにはガチャを平均して100回回す必要があるということです。そして全体で換算してこの確率なので、特定の高レア度キャラクターを狙うとなると更に確率は低くなります。 

FGOにおいて1回ガチャを回す為には360円かかることを踏まえると、高レア度キャラを手に入れるには平均して36000円必要になります。これは私にとってかなりしんどい額です…

普通この手のガチャを前提としたソシャゲの多くは定期的に高レア度排出確率が倍になるキャンペーンや、高レア度がランダムで確定排出される特別サービスを定期的に行うのですが、FGOでは滅多に行われません。

その為、FGOをプレイするにはガチャ更新時に最低でも10回前後ガチャを回せるような課金力が必要になります。

 

私にはガチャを回す為の十分な課金力備わっていないので、キャラゲーをプレイしているのに沢山のキャラを手に入れることができず、せっかくクエストをクリアして育成用素材を手に入れることができても注ぎ込み口がないという状況に陥ってしまいました。そして当然同じキャラクターを使い続けることになり、代わり映えのないプレイに飽きてしまいました。これがFGOを投げてしまったもう一つの理由です。

 

じゃあなんで再開したのか

ゲームシステムがかなり改善され、エストの周回以外でも十分な数の育成用素材を入手できるようになったというのもありますが、一番の理由はゲームを快適にプレイするために必要な高-中レア度のキャラクターが十分な数揃ったからです。

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 時々ゲームを起動し無料分のガチャを回してなんとかキャラを当て続け、2週年記念で行われた高レア度確定排出ガチャで水着アルトリアを当て、ホームズピックアップガチャでホームズを偶然当てたことでやっと自分がFGOを楽しめるだけのキャラが揃ったのです。パーティメンバーを選ぶ ということがやっとできるようになりました。もうバーサーカーを並べてジャンヌとデオンとマシュで保護しながら殴る作業をしなくて良いと考えるだけで幸せです。そういやこれ3すくみの相性ゲーだったな…

ここまで来るのに2年かかりました(涙)

現在はサービス開始2週年記念でスタミナ半額キャンペーンが行われている為、ガンガンキャラクターのレベルを上げ、ダダ余りしていた育成用素材を注ぎ込んでいるところです。これが済んだら放置してある1.5章をこなしていこうと思います。はやくモリアーティ教授とかショタ兄貴に会いたい。

 

追記

フレンド募集中です ID 814 230 227 

 

 

 

 

最近のゲーム模様

心が壊れてもゲームはやります。なぜならゲームは私が胸を張って好きだと言える趣味の一つであり、生きがいだからです。

現在の私はかの聖騎士ランスロット卿の如く、廃人に近い状態になってしまっていますが、彼がかつての大切な人が持っていたオルゴールの音色に微かに反応したように、ゲームをすることで私はなんとか人間性を維持することができています。それだけゲームというものは素晴らしい娯楽であり、人類の英知の結晶であると言えるでしょう。

こんな御託は置いておいて、以下、最近私がプレイしたゲームのレビューになります。

 

ARMS

やればやるほど上手くなっていったARMS。ツインテーラをメインキャラに据え、なんとかランクマッチの大台2桁に突入することができました。

最初はとにかくパンチを繰り出すことが精一杯でよくボコボコにされていましたが、今では相手のパンチに合わせてクロスカウンターを取ることができるようにまで上達しました。特に弾丸系統のアームにパラソルを突っ込ませて一方的に殴り倒せるのは非常に楽しい。

しかし未だにチャクラムや鳥といった円を描くアームが苦手で、軌道が読めないんですよね。特に両手同時にパンチを出されると、弧と直線の軌道を同時に把握しなければならないため、私の実力では攻め込むことが出来ず、とりあえず射程外に下がるほかないというのが現状になります。

加えてロケット系のアーム、特に電気属性持ちのそれはほんと嫌い。撃ち落としても爆風にすら麻痺がついてるのほんと嫌い。

そういうわけで、常にチャージを保つことができる麺麺、そして自由自在に身体を伸び縮みさせるDNAマンが駄目です。デカイチャクラム、チャージ済みロケットを連発しないで欲しい。お願いします。

現在スプラトゥーン2を購入した為、以前よりもプレイする頻度は減りましたが、休憩代わりにチマチマやっております。マッチングは相変わらず爆速で、大人気ネット対戦タイトルが発売されても今のところ特に過疎化は無いようです。

 

人喰いの大鷲トリコ

購入から苦節数ヶ月、操作性がかなりしんどくて連続してプレイすることが中々厳しかったもののついにクリアと相成りました。プレイ時間は10時間いかない程度。謎解きそのものは特に難しい、という程ではなかったのだけれど、今しがた書いた通り本当に操作性がしんどい。演出に特化させたカメラワークはまあ我慢出来るし、トリコがワザと自分の思い通りに動かない(プレイヤーの肉体の延長にない)というのも「異生物との言葉を超えた意思疎通」っていう今物語のテーマ上理解出来るのだが、敵の鎧。お前はダメだ。何が駄目って、鬼ごっこして捕まった時のレバガチャがかなりしんどい。スティックが壊れるかと思った。基本的に敵はトリコの力でしか倒すことができず、主人公を見つけるや否や絶えず追ってくるのでかなりイライラする。終盤になればなるほど敵の数が増え、特に「敵をワザと起動させて解決するギミック」が存在するラストステージは本当にしんどかった。謎解きゲーで指が痛くなるという予想外の現象が起きてしまった。個人的に鬼ごっこじゃなくて普通にアクションで殴り倒すという感じにして欲しかったですね。

なんやかんや文句を垂れましたが、このゲームをそのものを楽しめたかは別として、「雰囲気ゲー」としては本当に良い作品でした。細部までこだわり抜いた美麗なグラフィックは勿論のこと、トリコが本当の動物のような仕草をするんです。もう愛くるしくてしょうがない。これが先述した特殊なカメラワークと相まって、プレイするだけで一つの映像作品を観ているかのような感覚を覚えることができます。コントローラーを机に置いて、画面を観ているだけでご飯3杯いけそう。

あとは先述したようにトリコはワザと自分の指示通りに動かないようにできているんですが、物語が進むにつれ次第に指示通りに動くようになっていき、終盤ではもう忠犬の如く主人公に懐いてくれます。これがトリコをプレイしていて一番「良いな」と感じた部分です。今までペットとか飼いたいとは全く思っていなかったのですが、少しばかり欲しくなったりしました。大型犬飼いたいなあ。

ところで、昨今では「人間のような表情を見せるロボット」が話題になっていますが、動物よりも動物らしい動きをするトリコを観ると、「『リアルさ』とは何か」について考えさせられますね。

 

fallout4

押井守監督のコラムを読んだお陰で以前から興味は持っていたのですが、いい機会のなのでイカ2までのつなぎとして夏のセールで買いました。正直ここまで面白いならさらに価格が低かった前回のセールの時にでも買っておけばよかったなという感じです。

グラフィックが綺麗でとにかく自由度が高いし、世界が北斗の拳よろしく世紀末である影響か、登場人物が清々しく屑かいい人かクッキリしていて面白い。

まだ一周目であることもあいまってとりあえずはロールプレイよりストーリーの進行をメインに進めていこうと思う。

現在はミニッツメンと呼ばれる廃れた自警団と出会い、デスクロー先生をなんとかふっ飛ばしたところだ。ヒャッハー!蹂躙だ!と雑魚相手に無双していたところ圧倒的殺意でもって突撃してくるデスクロー先生、弱肉強食というこの世界のルールを教えてくれるマジ教師の鏡。とりあえず息子の情報を求めて街にでようかと思うのだが、なんだかんだミニッツメンをほおって置くこともできないしなぁ。

以前少し話題になったけれど、オープンワールドゲームってプレイの仕方に結構性格でるよね。私はサブクエスト等、メインに大きく関わりのない小話は、道中にあれば積極的に回収する派です。あとちゃんと道を辿ります。これは昔ながらのJRPGをプレイした影響なんだろう。

 

 

スプラトゥーン2

一昨日買いました。久しぶりに1日中プレイしたいと思えるゲームに出会えて感激しています。

私はシューティングゲームがあらゆるゲームジャンル の中で2番目に苦手(ちなみに1番は格ゲー)です。一応、アーマードコアシリーズを始め、MGSシリーズ、エースコンバットシリーズ、BF1やCoDなどといったTPSやFPSはやったことはあるものの、エイム力がとにかく低いせいで、どの作品も楽しんだ記憶と同じくらい苦労した記憶があります。さらに前作をやっていないので、プレイスキルの差が発売前に開いていると思い、勝手に敷居の高いものだと考えていました。

実際はそんなことはなく、あくまでゲームの目的が「プレイヤー同士のKILL合戦」ではなく「陣取り」である為、正面の打ち合いで活躍できなくても、例えば不意打ちを行ったり、「とにかく生き残って塗りまくる」など、一歩見方を変えれば活躍の場はいくらでもあります。ただ活躍できなければチームの足を引っ張ってしまうということでもあり、対戦型FPS系ゲーム全般に言えることですが、とりあえず好き勝手自分が撃ちまくれればいいという方には向いていません。あくまでチーム戦であることさえ踏まえれることができれば、いくらでも楽しむことができるゲームという印象です。

ゲーム本編の打ち合い以外でも良さを感じる点は沢山あり、例えば細やかな装飾の数々。ゲームの舞台になるハイカラスクエアはなんとなく東京渋谷の雰囲気を感じさせ、色彩豊かなビルの看板や、大きなディスプレイに映る映像はなんともシティ・ポップな心地よさを演出してくれます。

戦いの舞台となる「イカリング」も同様であり、そこかしこにこだわりの感じられる装飾が施されています。さらにプレイヤーが武器以外に装備できるアイテム「ギア」もまたおしゃれで、組み合わせによるコーディネートが捗る。「衣服」という設定なので、様々な「ブランド」が存在し、私達が生きる現実世界のようにおしゃれを楽しむことができちゃいます。能力的には優れていなくても、見た目が良ければそれで良しになってしまいそうで怖い。

このように、スプラトゥーン2には対戦以外にも様々なこだわりのある良さが散りばめられています。料理の描写に力を入れているFF15でも同じような感想を抱いたのですが、LIFE isStrangeしかり、ウィッチャー3しかり、一見本編に関わりのないところに力を入れている作品というのはやはり作品に対する拘りが他と異なるのか、実際本編も結構面白かったりするものなんです。スプラトゥーン2でもそういった印象を受けました。

 

現在ランク16、ガチマッチに挑戦中です。ガチエリアガチヤグラは現在C-ですが、立ち回りを掴んできたガチホコはC+まで上げることができました。やればやるほど上手くなって行くのが分かるのが嬉しい。様々なブキを試してはいるものの、スペシャルが射撃系なものはどうしても私自身のエイム力のせいでここぞという時に活かしきれない事が多く悔しいです。後はまだヒーローモードは1面しかやっていないので外出時にでも進めようかな。せっかくポーチも買ったので。

 

フレンド募集中です。SW-6635-9512-6603

 

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雑感

夏ですね。コルワさんいいよね…いい…

あと各据え置きハードはスクショをクラウドにアップロードできるようにして欲しい。ブログに掲載する時SNS経由なの非常にめんどい。

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無題

まだ就職先が見つかっていない。このまま行き着く先はおそらく地獄だろう。いや、今足を踏みしめているこの場所が正に地獄か。こうした地獄は何度も経験してきた。その度に乗り越えてきた。しかしこれまで乗り越えることが出来たのは、乗り越えた先に明確な希望があると信じ込むことが出来たからからだ。だが今は違う。光が見えない。この先自分が生きている姿が想像できない。

私が現在就職活動に失敗している理由は、自分自身よくわかっている。正直、自分が現在生きていることが予想できなかったし、今後生き続けるということが予想できなかった。その為、得意なこと、やりたいこと、食いっぱぐれないこと、というような基本的なことそれ以前に「仕事をしながら生活している自分のイメージ」が全くイメージ出来ないでいる。じゃあ死ぬのか、と言われたら、それでいいかなと思うほどに。だから志望動機を喋ってもイマイチ作り物感が出てしまうし、「生きているイメージが沸かない」から、どれだけ働きたい理由を表面上組み立てても面接時に「キミは本当にやりたいことが定まっていない」と見抜かれて落とされてしまうのだ。


どうして「自分が生きていることに対してイメージが沸かないのか」というと、それはこれまでの私の生き方に原因がある。

 

私は高校時代まで、親にDVを振るわれ、同時に周囲からはいじめを受けて生きてきた。

毎日自殺しないように必死だった。人であることに耐えた。味方など一人もいなかった。理解者であった祖父は自殺し、無理をするなと私を諭した叔母は実は不倫者だった。
誰も信じることが出来ず、人間と自らの運命を激しく憎み、静かに怒り狂いながら「ただその日を生きること」に自身を最適化し、いつか夜が明けることを信じて日々を送り続けた。

なんとか生きようと親元を離れ、1浪の末、大学に入学した私は、それまでの20年間で手に入らなかったものを埋めようと様々なコトに手を出した。とにかく必死だった。大型イベントの自主開催、コミケで本を頒布、及びスタッフ活動、ライターとしてのバイト…etc 

これまで規模の大小数々のことをしたが、正直、何も私には満足感や、達成感というような感慨は残らなかった。
「日々を生き抜くことに最適化された」私にとって、感慨を感じる機能は余計なものだったからだろう。

 

いわゆる普通の人達は自分の中にそれぞれの物差しをもっている。それは客観的に物事を測る為のものではなく、極めて主観的な基準だ。「『自分にとって』、何が好きで、何が嫌いなのか、何が正しくて、何が許せないのか。」

そしてこの物差しは、それまでの人生の中で少しずつ形成されていくものだ。

私の心の中にはその物差しがない。私には好きなものもないし、嫌いなものもない。
許せないコトもなければ、プライド、誇りといったものもない。
例えば、私の家は蛇口を捻ってもお湯が出ない。確かに冬場は不便で、周囲の人は家を変えろと常々言ってくるが、私は別に「辛かったら辛くなくなるまで耐えればいいと思っているので気にしないよう」にしている。2年前に洗濯機が壊れたが、別に手洗いなりコインランドリーですませばいいと考えているので壊れたまま放置している。お金もないし。

私の中に「物差し」は不要だった。幼い頃から理不尽にさらされる中で、もし、まともな価値判断基準を維持し続けていれば私はとっくにこの世にいなかっただろう。もしくは犯罪者にでもなっていたかもしれない。

 

だがせっかく大学に入ってまともに人と関わる機会を得ることになっても「物差し」がないせいで、友人、恋人関係を維持することが困難になってしまっている。

「人間社会で生き抜くことに最適化」されたおかげで、「相手が私にして欲しいこと」は手に取るようにわかるのだが、逆に「私が相手に望むもの」であったり、「私自身が相手に提供したいこと」が皆無なため、私はつまらない人間であるとして自然と人は離れていくし、人間を憎んできたこともあって、他人に対する嫉妬やコミュニティそのものに対する違和感からかすんなり人の和に入っていくことに対してどうしても抵抗感がある。

 

何もかも手遅れだった。およそ20年の中で切り捨てたものを取り戻す為に、3年という月日は短すぎた。「その日を生き抜くこと」「これまでを取り戻すこと」しか考えていなかったお陰で自身の将来について全くといっていいほど想定していなかった、というより「いつのまにかここまで生き延びてしまった。」さらに所謂「順風満帆に生きてきた人」と関われば関わるほど、私の異常性を自覚することになり、今後人間社会の中で生きていけるのかということに対して激しく絶望を覚える。


はたして私は生きてていい人間なのだろうか。これまでは「生きていればいいことがある」と信じることができたからこそ、地獄を生き抜くことができた。だが、生きれば生きるほど、地獄の地平線の先にある景色は地獄でしかないことが鮮明になっていく。永劫回帰の中で、私は超人になれるほど強くはない。理解者は私に愛想を尽かし、頼れる人もいない、そもそも助けの呼び方すらわからない暗闇の中で、もがき続ける体力が私にどれだけ残っているのだろう。はたして私は生きてていい人間なのだろうか。